Act.27
「ねえ、
車の中からぼんやりと窓の外を見つめる男に、少女は言った。陽炎すら見えるのではないかと疑いたくなるほどに暑い窓の外とは裏腹に、冷房の効いた車内でモソモソとメロンパンをかじる少女はどこかリスに似ていた。
「弾詰まりしないから。あと、手入れが楽」
「ふうーん」
気のない返事とともに、ポニーテールが揺れる。
いつか、塔の201号室。殺風景なブリーフィングに参加していた彼女は、あの時と同じく表情筋が機能していないようだ。
「そっちこそ、なんでオートマチック? たしかグロックだっけ」
「ん、17」
「…9mmだと魔術防壁で防がれる確率高いから、45口径使う人多いらしいじゃん。なんでグロック使ってんの?」
かたや張り込みのステレオ通り、アンパンをかじっている横通と呼ばれた男は相変わらずよれたスーツを着た、交務省の彼だった。運悪く桐士の取り調べを担当してしまってからずっと、今回の魔薬案件にかかりっぱなしだ。
「いっぱい弾入るから」
「何発?」
少女の方は容姿相応に。男の方は生来の気質で、2人とも饒舌な方ではない。男は口を開けば軽い口調とからかいが混じる軽薄さを持ち合わせてはいるが。
「17。あと1発薬室に入ってる」
「…なんで弾数にこだわるわけ?」
「昔、弾が切れて欲しいモノが
おー怖。なーにが獲れなかったんですかね。欲しいモノ?
今回の案件中のパートナーとして、隠匿省第6課から紹介された少女を横目で見ながら、アンパンの最後のかけらを口に放り込む。
交務省の人間は基本的に、荒事に向かない。さらにいえば、魔術師ですらない。あくまで一般人と魔術師の間に立つ者だ。だからこそ、こういった捜査の場合には魔術師とペアを組む。
理性である程度抑え、最低限の社会生活を送れるようにしているとはいえ、魔術師は基本的に社会と反りが合わない。いかんせん、魔術を使うたびに使用する魔法陣に呼応した人格の一部分が強化されていくので、一般人からすれば異常に見えるのだ。
例を挙げるのならば。少女の属する第6課は特に社会不適合者が多い。潜入捜査を主に担当する彼らは自身の存在を隠したり、姿形を偽るような魔術を扱う。そういった魔術を使える人間の大半は自己嫌悪が強い者だったり、世間の目を鬱陶しく思う者だ。
結果、第6課の部屋からは四六時中、自身への悪口をつぶやく声や社会を呪う叫び声なんかが聞こえてくることになる。
そういや、この子は第6課にしては結構話せるななんて思いながらパックの牛乳を飲んでいる横通の横で、少女はメロンパンを食べ終えていた。
「何狙ってたのさ、ぬいぐるみ? それともキャラメル?」
脇の下を流れる汗を自覚しながら、男はおどけてみせた。あまつさえ、両手を使って射的の真似までしてみせる。
「そ、キャラメル狙ってたの。よく分かったね。結局キャラメルじゃなくてサングラスが獲れた」
「…へ、へー、サングラスなんて景品にあったんだ」
調子狂うなもう。無性にタバコを吸いたくなった気持ちをどうにか我慢して、横通は一応冗談を続ける。
助手席の少女が果たして冗談を言っているのか分からないままで。
「ううん、サングラス景品にはなかった」
「はい?」
「射的屋のおっちゃんがかけていたサングラス」
「…一応、聞くよ?」
「何?」
「サングラス、狙ってたの?」
「話、聞いてなかったの? 私が狙ってたのはキャラメル」
荒事を任せようと思っていた少女が口にした恐ろしいエピソードに、横通はムンクの叫びのごとき悲鳴をあげるところだった。
どうにか抑え込めた自分に拍手喝采。今夜はステーキだぜ! たぶん帰宅すらできないけど。そういや着替えの下着もうないや。
思考がぐるぐる回る中、どうにか言葉を返す。ここで黙りこむのは何かこう、負けた気分がする。大人として。
「…あとで、キャラメル買ってきてやるよ。食いきれないくらい」
「何、餌付けしようっての? もらうけど」
「もらうのかよ。つうか、お前が食べてたメロンパンも俺が買ったんだからな」
「ありがとう、美味しかった」
「…へいへい、どーいたしまして」
俺、何してんだろうなんて二日酔いの時くらいにしか考えないようなことをつらつらと思い浮かべながら、横通は一応仕事を続けている。
2人が見張っているのは、一軒家サイズの小さな工場だ。錆びついたトタン板で出来上がっているその工場は住宅地の只中にポツンと建っている。なんでも昔からあるが、中から作業音が聞こえてきたことはない半ば廃墟だということが近所で行った聞き込みのおかげで分かっている。
そして、例の魔薬を捌いていた売人がここに何回か出入りしているのを目撃されている。百目鬼によると、工場内では複数の人間が植物の栽培と調合を行っているらしい。
「さて、今回は本命にたどりつけるかな」
気の抜けた表情とは裏腹に。ハンドルに寄りかかった横通の瞳は、夏の日差しを跳ね返すようにギラついていた。
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