Act.17


 「一応名乗っておこう。隠匿省第3課課長渡谷洋わたやひろしだ。最近になってうちの課で摘発した薬が重要案件に格付けされた」


 プロジェクターのようなものは一切使わない。口頭だけのブリーフィングが続いていく。


 魔術師たちは己の魔術が超常のものであることに多かれ少なかれ、誇りのようなものを持っている。それゆえに誰にでも扱うことのできる科学を、機械を好まない傾向が強い。


 とはいってもなるべく使わないようにしているだけで、不便だと感じればすぐに使うくらいの微々たるこだわりではあるのだが。


 「クスリィ? あんたらが扱ってるの”魔薬まやく”だろ? いつもと何が違うわけ」


 百目鬼の近くで片膝を立てていた男が、ニヤつきながら言う。


 今この201号室に集っている竜貴たちが所属する隠匿省、その中でも飛び抜けて暴力的である第8課の男からは暴力的で投げやりな雰囲気が漂っていた。


 野獣のような品格はかけらもなく、脱色した長めの髪といい鋭い目つきといい、町中で見かければただのチンピラにしか見えないだろう。


 「そうだ」


 対して、隠匿省の中でも知的で落ち着いた者が多い第3課の課長は口調を一切変えずに、淡々と話しを続けていく。


 第3課がこの手の、知能犯を追う役割を担っていることから考えればごく当たり前の特徴ではある。


 「今までの魔薬と同じく、接種した魔術師の特性を一時的に強化し、魔術の威力を底上げする。従来のものであれば非魔術師にとっても魔術にこそならない程度ではあるが自己への自信が増し、陶酔感に浸れるという効能を持つ。だが、今回のは効力が桁違いでね。非魔術師ですら魔術師に変えてしまえるほどだ」


 ビシリ、と。


 部屋の空気がひび割れる。


 魔術師は、彼らは己の扱う術が超常のものであり、誰にでも使うことができる科学とは違うものだということに誇りを持っている。


 魔術師なら誰であれ。


 その魔術が、我々の依るべきものが。


 非魔術師にも使えるようになる?


 「なーるほど。そりゃあ、いけないなあ」


 絞り出すような声が木霊する。チャラチャラしていた彼ですら纏う雰囲気を一変させて吐き出した言葉は、鉄パイプがねじ切られるさまを連想させた。


 「それで、私達は何をすればいいの?」


 竜貴が言う。


 根っからの脳筋である彼女は、作戦やら計画やらを考えない。


 「13課の出番はまだ先だ。まずは3課うちと6課から出向している百目鬼くん、それに交務省で捜査する。クスリの出どころをすべて把握してから8課が突入。13課は8課の突入に合わせて、その役割を果たしてもらう」


 13課、という言葉を渡谷は苦々しく言った。こころなしか、部屋にいる魔術師たちの竜貴に向ける視線が硬くなる。


 「はいはい。つまりは待機ってことね」


 「・・・つまんねーの」


 竜貴とチャラ男に、渡谷は呆れたような視線を向ける。


 「今日は近い内に戦闘依頼をそちらに出すという予告だ。メールでもそう書いただろう」


 今度は、今まで部屋の中で沈黙を守っていた1人の女と目を瞑ったままの百目鬼に向かって、渡谷は口を開く。


 「さて、具体的な捜査方法について、打ち合わせを始めよう。噂程度だが、世間でもこの薬について感づき始めている。現場レベルではすでに協力しているだろうが、ここらで方針を統一すべきだろう」


 「異議なし。ボスからもそう言われた」


 ポニーテールの、まだ10代半ばほどにしか見えない少女が抑揚のない声で言う。


 対して百目鬼は微動だにしない。相変わらず、彼の意識は世界を漂っているらしい。


 魔術師として、非魔術師が魔術を扱えるようになることは重要な案件ではある。


 それでも彼らにとって、この手の案件はめずらしくはない。こういった事態に対応するための人員なのだから当たり前で、非日常も常態化してしまえば日常となんら変わりはない。


 だからこそ、彼らは気付けない。


 彼らの住まう世界の脈拍は乱れ、何かがうねり始めていることに。


 








 ◆◆◆


 








 学校の廊下を歩く。


 何かが変わった気がする。


 たとえるなら、地面に着地した感じ。今まで宙に浮いていたんじゃないかと思えるほどに、地に足がついている感覚がある。


 ・・・悪くない気分だ。


 「なー、あいつ最近見なくね?」


 「ズル休みにしたって、1週間はなげーよな」


 教室から、見知らぬ声が聞こえてくる。


 人の声はあんまり得意じゃない。意識して無視しながら、僕は教室に入った。


 「風邪じゃね?」


 「春にかよ。副部長様も体弱いねえ」


 「連絡も返ってこねえし。こういうときは不便だよな」

 

 「何が」


 「ほら、小学校の時ってあったろ。何々君は風邪でお休みですーっての」


 「ぶははっ、あったあった。なっつかしなあ。何、ああいうのやってほしいの?」


 「冗談。高校であんなのされたら蕁麻疹でそう」


 「アレルギーかよ」


 ゲラゲラと笑う声が耳の中で渦を巻いているみたいだ。


 僕は席につくとイヤホンをつけて、A5サイズのスケッチブックを取り出した。シャーペンを取り出すと、イヤホンを突き抜けて僕と同じ声が聞こえてくる。


 「さて、今日はなんの陣を試してみる?」


 僕だけの師匠は、教室の中を浮かびながら淡く笑っていた。


 僕も、師匠のように、笑えているのだろうか。

 

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