Act.6


 結局さ、魔術と錬金術は別のものなの?


 自問するように、頭の中に疑問文を浮かべてみる。とっくに日も落ちてしまった家への道すがら、僕は頭の中だけの師匠に多くのことを教わっていた。


 すぐに引き出せないだけで、知ろうとする知識はすでに頭の中にあるんだ。あとは思い出すきっかけとなるキーワードを思い浮かべるだけで、多くの情報を得られる。


 脳髄の奥を引っ張られるような奇妙な感覚とともに、僕の自問に自分の声が答える。


 「その通り。確かに魔術は錬金術から生まれたもので、その性質や特徴も似通っているけど、原理が根本的に違うんだ」


 僕と同じ声。でも、僕では絶対にできないような自信に満ち溢れた口調。


 「錬金術は、世界を取り込み、世界を出力する。世界が認識している自分の性格や特徴、または世界そのものをよるべとし、術を編む。対して魔術は魔力を自分で作り、術とする。だから、魔術は自分が認識している自分しか表すことはできないし、術の強度も術者の精神力に依存する」


 信号で、足を止める。春とはいえ、この時間帯は空気が冷たい。


 ・・・家は、もうすぐそこだ。


 「魔術は錬金術より汎用性に劣るけど、世界を取り込む作業が要らないからその分発動が早い。戦闘に向いているのは魔術だね」


 戦闘、戦うことなんてあったんだ。


 「あったさ。僕が生きていた時代は今よりもずっと、人は自由だったんだ」


 皮肉げに、師は言う。


 青に変わった信号をぼんやりと見つつ、歩きだす。


 「君も、いくつかは覚えておいて損はない。けれど、忘れないことだ」


 風などないのに、白い外套をはためかせ、師匠は僕の前に立ちふさがる。


 「君は、錬金術師なのだと」











 ◆◆◆











 「ただいま」


 大きな、一軒家の扉を開けて、返事なんて返ってこないのにそう言ってみる。


 言ってみて、すぐ嫌になった。


 いつまでも寂しさなんて感じてる自分に。


 ・・・母さんが出ていって、もう7年くらいになるのに僕はいつまでも引きずっている。


 靴を脱いで、すぐ自分の部屋に入る。


 威圧感すら滲み出すほど、整然と並べられたモノトーンの家具たち。小物も派手な色は一切なく、ほとんどが目につかないように収納されている。


 僕の父は、神経質な性格で、潔癖症でもある。


 家はおろか、家具ですらも自分で決めなければ気がすまず、まあ一目瞭然だけど、モノトーンが大好きで、生活感をひどく嫌う。


 仕事が夜遅くまであるくせに、帰宅してすぐやることといえば家の掃除だ。


 母さんは結婚するまで、父さんのこういう嗜好を知らなかったのだろう。無機質な生活空間と、仕事から帰ってくるなり自分のやった家事に文句を言いながらやり直す配偶者に嫌気がさしたと言って家を出ていった。


 理由を考えれば、よく10年以上も耐えたとは思う。


 「・・・やめよう、こういうの」


 気分が落ち込むだけだ。下手に思い出すのは。


 とりあえず着替えて、椅子に座った。


 「さっそくやってみるのかい? 感心感心。私の弟子は真面目だね」


 そう思うなら、茶々を入れないでくれ。


 普通のメモ用紙を取り出して、黒のボールペンを準備する。


 まずは円をいくつか描き、間に文字を。梵字と象形文字をかけあわせたような、不可思議な文字。


 「戦士の陣。攻撃、破壊、拒絶を司る。初めてにしてはうまくかけてる」


 「・・・絵を描くのは得意だから」


 例の写真で見た魔法陣にも、似たような文字があった。


 あのとき、僕はこれの意味なんて何も知らなくて、ただエキゾチックな雰囲気の意匠にしか見えてなかった。


 けど、今は違う。


 文字を書き終え、円の中心に五芒星を描く。


 星の角にもそれぞれ、文字を置く。


 精緻に描き込まれた魔法陣は誰が見てもどこか、不気味な印象を抱くだろう。


 絵は、人を変える。


 有名な絵画に感動することだってそうだし、想像上の怪物とかグロテスクな絵を見て怖い思いをすることだってある。


 言葉は、人を変える。


 意味の読み取れない文字はただの象徴だけれど、僕はもう意味を知っている。詩や小説はただその意味を読み取られるだけで人に様々な感情を抱かせる。


 魔法陣を凝視する。


 描いた線を、文字をなぞるように凝視する。


 自分の中に、何かが入り込んでくる。それはきっと、師匠が世界と呼ぶもので、魔法陣が世界を方向づける。


 体が、体の中に吸い込まれていく。


 渦巻き、滞留する世界を、僕は言葉とともに吐き出すことに決めた。


 「・・・嫌いだ、人間なんかファイレン


 ふっと、体の芯から甘い痺れが抜けていく。


 それは僕の額あたりから飛び出して、収束し始める。


 「へえ、戦輪チャクラムか。面白いものになったね」


 師匠は、満足そうに言う。


 出力された世界は、8枚の円環を為していた。大きめのブレスレットほどのサイズをした、柔らかい黄金色の薄い刃。


 さっき、戦うとか聞いたのがいけなかったのだろうか。それとも、僕が他人を嫌いすぎるのがいけないのだろうか。


 やけに物騒な術になってしまった。


 「いやいや、これはこれで錬金術としての風情があるよ」


 「そう、なの? 思いっきり武器だし、それこそ魔術みたいなやつじゃないの、これって」


 「・・・私からすれば、魔術らしさは感じない。まあ、魔術師たちからすれば魔術によく似ていると感じるだろうけどね」


 「ふうーん」


 ん?


 今、初めて聞いた単語がちらっと出たぞ。


 宙を舞う戦輪を触れもしないのに指でつついている師匠を見上げる。


 なんだ、魔術師って。


 「あれ、記憶それは見せてなかったっけ。錬金術師は後継が見つからなかったけど、魔術師は結構いたから、現代でもいると思うよ」


 ・・・見てねえよ。

 


 





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