Act.7
「なあーんでお仕事した次の日に一限なんてあるのよ・・・」
昨夜、一人の魔術師を半死状態で隠匿省まで連行していった張本人とは思えない間の抜けた声で、竜貴はぼやいていた。
大学の、教授室。
私立らしく、教授のプライベートがある程度確保できるようになっている部屋は、ひどく雑然としていた。
本棚はあふれているし、デスクは本と書類と模型と写真で山脈ができている。入口からは、竜貴の頭だけが日の出のように突き出しているのが見えた。
春原竜貴は、まだ30手前ながらも大学で教授職についている。専攻は、魔術なんて言うオカルトを使う者として満点の考古学。
彼女は高校の教員免許も持っていて、もともとは附属の高校で働いていたのだが、その傍ら研究室にも足繁く通っていた。そのおかげか、急に空いた教授枠を彼女が射止めることとなったのだ。
今日は、確か1限と3限だけだったかな。そうだ、終わったら琴葉のところに行こう。あの子、今日全休っていってたし。
大学生の妹のことをつらつらと考えながら、次の講義で使う予定だったレジュメを探している。透き通るように白い手が、無遠慮に山脈を崩しにかかる。
「竜貴」
「っ!?、ちょ、ねええ。いきなり入ってこないでよ」
いつの間にか、昨夜会ったばかりの黒い影が竜貴の足元で笑っていた。
「私の枝葉はどこにでもいて、どこにでもいない。いきなりではないよ、竜貴。とはいえ、驚かせてしまったかな」
「いや、それもそうだけど。仮にもレディの部屋なんだから、ノック位はして」
「ははははは」
「笑い事じゃない!」
真っ青な口は、本当に話しているのかも怪しいほどかすかに漂っている。
竜貴は山脈から手を引いて、椅子に背中を預けた。
「それで、あなたが何のよう?」
「新しい命令だ」
「・・・昨日の夜、あなたとお仕事したわよね、私」
「そうだね」
相変わらず饒舌なようで簡潔なことしか話さない伝令役に、竜貴は心の底から漏れ出したようなため息をついた
「それで、何その命令ってのは」
「・・・」
「?、ああ、そっか。忘れてた。”知識の番人たる者に問う”」
合言葉を聞いて、影自体が震えた。
「命令。この者を調査せよ。痕跡はわずかなれど、魔力の使用履歴あり」
影から、一枚の紙がにじみでる。それには、昨日の書類のように、個人情報が詰め込まれていた。
「・・・ただの一般人じゃない。魔術師の家系でもないし」
「本当にわずかなものだけど、確かに彼の履歴が残っているんだ」
「覚醒者ってこと?」
「それを調べるのが君のお仕事」
からかうような声の返答代わりに、竜貴の足が勢いよく影を踏みつけた。
◆◆◆
「高等部の子かあ。・・・姉さんの授業は受けたことないみたいね。ちょうど姉さんが教授になった年に入学している」
その日の講義を終え、竜貴は琴葉と合流して高等部の方に向かっていた。全休だった琴葉は、突然だったのにもかかわらず、快く姉に協力していた。
「覚醒者の疑いあり、かあ。だから私を呼んだの?」
歩きながら目を通していた書類から顔を上げて、琴葉は言う。
「うん。本当に魔術かそれに類するものを使った人だとしたら、あなたの魔術のほうが
「あいつって、百目鬼さんのこと?」
「そ」
暖かい日差しが差し込む渡り廊下を、2人はゆったりと歩いていく。
「・・・うん、任せて」
小さいが、確かな自信を感じさせる声で答えた琴葉の右手の人差し指には、指輪が光っている。
指輪にはめ込まれた水色の宝石の中には、小さく魔法陣が描かれていた。
これが、琴葉の魔術を発動させるための陣。彼女が使う魔術は過去視。それも特に人間の過去を見ることに特化しており、琴葉はそれらを映像として認識している。
対して、百目鬼と呼ばれた影男の魔術は知識と呼ばれるもの全般の収集が可能。琴葉よりも幅広い事象を観測することができるが、精度は低く、また彼はそれらを言葉の連なりとしてしか認識できない。
たとえば「Aという人物がBという人物を殺した」という過去があったとすると、百目鬼はそれらを文章として認識できはするが、Aがどんな顔をしているのかとか、どうやって殺したのかなどは分からない。琴葉は「Aという人物がBという人物を殺した」という過去のことを、AかBの過去を見ることでしか知ることはできないが、どうやって殺したのかなどを細部まで映像として観測することができる。
ゆえに隠匿省の仕事をこなすときは、百目鬼が観測した情報に基づいて琴葉が詳しく視て、戦闘要員と共有して作戦を立案するという流れになっている。
「・・・でも姉さん。高等部に行っただけでこの人に会えますかね?」
「ああ、それは大丈夫。あいつが手を回しておいてくれてね。高等部の生徒指導室を別の先生名義で借りて、その子を呼び出してくれてるって」
「・・・相変わらず、仕事が早い人ですね」
「仕事はできるのよ、仕事は。というかできるからいけないというか、人のことを考えられないというか、」
2人の魔術師は、歩いていく。新しい同胞を、見つけるために。
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