第5話 海人side
氷帝あかり。その人は中学時代から名の知れていたプレイヤーだ。
初めて彼女のプレーを見たとき、とても感動したのを覚えている。
それほどまでに、彼女のプレーは美しかったのだ。
バドは球速がものすごく速い球技だ。なんなら、「世界最速の球技」なんて名前がついているとも聞いたことがあるような無いような競技だ。
特に、トップレベルの選手のスマッシュの初速は時速400kmを超えるとも言われている。
しかし彼女は、そんな速い球に体制を崩されるようなこともなく、完璧な試合運びをしてみせたのだ(と言っても、それは地区大会だったので県内トップレベルの彼女がそれをできるのは当たり前なのだが、当時の俺はそのことを知らなかった)。
だから俺はバドを始めた。いつか、彼女のようなプレーができるようになるために。
そんな俺には密かに目標にしていることがあった。
それは、「氷帝さんに勝てる程の実力を手に入れる」ということ。
運動部では、男子も女子も両方が所属可能な部活ならば、男女で分けられているのが普通だ。つまり、彼女との対戦は叶うことはないと言っても過言ではない。
だから、「勝てる程の実力」という中途半端な表現に落ち着いた目標になってしまっている。
しかし、始めた頃の俺は本当に弱かった。どんなスポーツでも共通して言えることだが、初心者は当然弱い。
その中でも俺はずば抜けて下手だったと思う。
今でも大会で勝てる程の実力すら無いが、一応部内で大会の代表に選ばれる程には成長できた。
まあ、自分語りはこの程度にしておこう。
チャンスというのは、突然やってくるものだ。
女子との練習試合を機会を与えられた。
まだ言っていなかったが、うちの高校のバド部にはその氷帝あかりがいる。
つまり、これは俺の目標の達成度を見る機会であるも同然なのだ。
しかし、その練習試合の現状は…
彼女にうちの部員が連戦を挑むという、とんでもないものだった。
バドの試合を見たことがない人にはわからないだろうが、バドだって体力をかなり消耗する。
連戦なんてしていたら、体力がいずれ尽きるだろう。
しかし…彼女はここでも圧倒的だった。
連戦にも動じず、負けることがなかった。
そして、最後に俺に回ってきた。
当然だが、試合中は相手がどんな状況であれ情けをかけるわけにはいかない。
今の俺の全力を持ってぶつかるだけだ。
――――
そして、試合結果が12-15。
負けはしたが、例え疲れていても負けを知らないとでも言えるような氷帝さん相手に3点差まで詰められた。
その試合結果に、俺は自分が大きく成長したことを感じた。
――――
そのまま部活が終わると、普段なら俺は友人たちと喋ったりしているのだが、今日は早上がりすることにした。
帰りの電車では、部活中の反省点や良かった点を書き出すようにしている。
今日の振り返りは、主に氷帝さんとの試合を中心に考えてみた。
そうして、しばらくすると、駅についた。
なんだか普段よりも速くついたような気がする。
この駅で降りる人は少ない。人を一人も見ない日すらあるほどだ。
そんな中…あの後ろ姿を見つけた。
その姿を見た瞬間に、俺は思わず「あ…」とかいう、間抜けな声を上げてしまった。
その声が聞こえたのか、その人は振り向いた。
彼女と目が合ったが、俺はその目をすぐに逸らす。
「氷帝…さん? き、奇遇だね… あはは…」
我ながら声音に感情がこもりすぎている。
これじゃあ明らかに気まずいですって言ってるようなものじゃないか。
まあ実際気まずいんだけど。
しかし、彼女は反応を示さない。なにかを考え込んでいるようだ。
…もしかして、俺のこと認知してない?
氷帝さんと俺はクラスメートだ。
教室での彼女は、何が起こっても我関せずといった感じで、人との関わりも最低限にしている。
…だからってクラスメートを覚えていないなんてことはあるだろうか。
そのとき、彼女が顔をしかめた。
思わず俺は聞いてしまった。
「えっと…俺なんかしました?」
そこに返ってきた答えは…
「いや…ごめんなさい…こんな場所で人と会うなんてなかなか無いから、誰かなって」
やっぱり認知されてなかった…
「えっ!?覚えてない…? 俺は日向海人です。今日の試合、良い経験になりました。」
何故か敬語になってしまった。まあ、教室でも対等に話している人を見たことがないし、これでも大丈夫だろう。
「日向…さん?そういえば今日は男子と練習試合をしたんだっけ…」
そこからなのか。
とは口に出さずに続ける。
「俺のことは『海人』って呼び捨てにしてもらって構わないですよ」
自分で言っておいてなんだか図々しい気がする。
呼び方を強いるのは図々しいな、うん。
「それは私が嫌。じゃあ…『海人くん』でいいかな?」
そういう感じか。その点は割と一般的な女子なんだな。
「…はい」
「それで?私にわざわざ声をかけるってことは、何か用があるの?」
しまった。人との関わりが必要最低限なんて、合理的な人に決まってる(偏見)。特に理由もなく声をかけたなんて言ったら、どんな反応をされるか…
「それは…同じ駅の人ってうちの高校だと珍しいのでつい…」
なんだか微妙に答えになってない気がする。
要するに反射的にってことだけど、なんか違う。
「まあ、確かにこの駅から降りていくうちの高校の生徒は私も見たことがないわね」
なんか納得してくれたみたいだ。よかった…
「でも…貴方は私が通学する時間も一度も見たことがないのだけれど…」
言われてみれば、その通りだ。俺も氷帝さんを通学中に見たことはない。
まあ、教室にいけば大体彼女はいるので、俺より先に来ているんだろう。
「この辺りなら7時の電車とかでも間に合ったりしますからね。そのくらいの時間に乗ってます。」
「なるほど。どうりで会わないはずだわ。」
そして、結局道も同じだと分かったので、途中まで同行することになった。
―――――
翌日、通学中に氷帝さんと遭遇した。
なんか知らないけど遅れてきたらしい。珍しいな。
そして、学校についた。視線が痛い。
氷帝さんは顔は美人だし、スタイルもいい。
簡単に言って男子諸君の憧れの存在なのだ。
しかし、当の氷帝さんは、誰も寄せ付けようとしない。
まあ、ラブコメでいう「なんであの人とあいつが!?」みたいな状態だろう。
え?俺ってラブコメ主人公なの?
今の自問はウザかったな、今後はやめよう。別に心の声は誰か聞いているわけではないけど。
…でも、そういえば誰も寄せ付けようとしないはずの氷帝さんなら、本来俺を置いていくことも可能だったはずだ。そうしなかったのは何故だろうか。
男子諸君の憧れの存在である氷帝さん。当然、彼女に告白しようと試みた者もいた。
なお、話すら聞いてもらえなかったようだ。
正直かわいそうとか思っていた。
ちなみに俺にとって氷帝さんは恋愛対象ではない。バドプレイヤーとしての憧れの選手をどうしたら恋愛対象にできると言うのだろうか。
この後友人にさんざんイジられた。
あいつらは事情を知ってるはずなのになぁ…
氷帝さんと話す機会ができるなら、バドプレイヤーとしてのことについて色々聞いてみたいとは思っていたので、この話す機会は好機と言えるだろう。彼女が何故僕に近づいてくるのかは知らないけど、まあそれはそれでいいとしよう。今後そういうことを聞けるようになればいいだけだ。
こうして、俺にまたもう一つ目標ができた。
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