第3話 気付き
「ただいま」
ここが私の自宅。ものすごく広いというほどではないけど、生活に必要なものさえ揃っていれば広さは関係ないと思う。
「おかえりー」
2階の方から、そんな間の抜けた声がした。
私は荷物を置くために自分の部屋に向かう。
うちは両親が共働きで忙しいため、家にいるのは基本私と先ほどの声の主だけだ。
部屋のドアに手をかけると、後ろから声が聞こえた。
「あかり、何かいいことでもあった?」
「え?」
突然そんなことを聞かれて驚く。
今聞いてきたのは私の姉。名前を灯子という。
単刀直入に言ってしまえばほぼ居候だ。
というのも、この姉はとにかく家事が苦手だ。一人暮らしなんて不可能なレベルと言っても過言ではない。
その姉が言葉を重ねる。
「いや、なんか… 私の思い違いかもしれないけど、なんとなく…嬉しそうな雰囲気が」
「…気のせいじゃない?」
はっきり言って心当たりはある。
頭の中に1人の人物が思い浮かんだが、この姉に話すとろくなことにならないので止めておく。
そう、この姉は所謂恋バナ大好きで妹のそういう話を一番好むという、他の家庭でもよく見るようなこちらからしたら若干めんどくさいタイプの姉だ。
よって男の話を少しするだけでも勝手に解釈して話を飛躍させるのだから、とても話せない。
「……好きな男の子でもできたの?」
出た。こういう時の姉はものすごく勘が鋭いというのを誰かが話していたのを前に聞いた記憶がある。
そしてこういうのは肯定しても否定してもめんどくさい方向に話が進むだけだ。黙秘が一番だろう。
「……」
「…黙ったってことは図星かな?」
なんでそうなる。結局三択のどれを取っても問い詰められることに変わりはなかった。
ならば、否定する方がいいだろう。
「そんなわけないでしょ。そもそも好きとかそういうの分かんないし…」
「ふーん…」
「では、そんなあかりちゃんに、このお姉さまが恋愛について教えてやろう!」
「なにその上から目線」
「まず、恋愛というのは誰かを好きになるところから始まる。これは分かるね?」
「無視か… まぁ、それは分かるよ」
「それで、その後は…」
「その後は…?」
「……」
そうだ。忘れていた。
この姉も恋愛経験はない。
無駄に詳しいのはアニメか何かで見たんだろう。
だが、人に語るというのは実際に体験して理解していないと難しいことだ。
「そうだ…お姉ちゃんも恋愛経験ないじゃん… だからそこで黙るんだよ…」
「うっ…ごもっともです…」
「じゃあ私、そろそろ戻るから。」
そう言ってドアノブを握る手に力を込めた時、お姉ちゃんは私を呼んだ。
「あかり!」
「…何?」
「何かあったら私に話すんだよ。私じゃ力になれないこともあるかもしれないけど…」
「今さら言われなくても、昔からそうしてる。」
そう言って軽く笑いかけると、今度こそドアを開けて部屋に戻った。
「…そっかぁ… あの子、勉強と部活にしか興味なかったからね… 部活もいいけど、もっと青春っぽいことしてほしいなぁ… これが、あの子を
お姉ちゃんのその呟きは、私に聞こえることはなかった。
―――――
部屋の中で、私は考え直す。
好きな男の子…かぁ…
そういうのとは無縁な生活を送ってきたし、彼に対するこの気持ちがなんなのかはまだ分からない。
今のところはそんな感じだ。
『好き』。改めて言葉にしてみると、なんだか恥ずかしい。よく世間のカップルはこんなこと堂々と言えるなぁ…
…あれ?
考えてみると、『好き』という言葉が恥ずかしく感じるのは、なんだか変な話だ。
この『好き』というものには、like、つまり友情的な『好き』と、love、つまり恋愛的な『好き』の2種類が存在する。(ただし対象が人の場合)
つまり、この『好き』がlikeの意味であれば、何も恥ずかしく思う必要はないのである。
私は、お姉ちゃんに言われたときには心当たりだったものを確信に変えた。
確信に変えたという言い方はあまり良くないかもしれないけど。
私は…彼、日向海人くんが好きなんだ。恋愛的な意味で。
恐らく、彼に萎縮したような態度を取られた、つまり敬語を使われたときに嫌悪感を覚えたのはそういう理由なんだろう。
さて、自分の気持ちが分かってしまえば話は早い。ここからすることは…
「………」
…分からない。ダメじゃん。
…というか、恋ってどうやっていくのが正解なんだろうか。
そうだ。お姉ちゃんの部屋には恋愛ものの漫画が大量にある。
それを参考にできれば…
こうして私は、お姉ちゃんがリビングにいる隙に部屋に侵入し、漫画を拝借していった。
―――――
「…っ!」
そんなわけで部屋でお姉ちゃんの漫画を読んでいたわけだけど…
これを教科書にしてはいけない。そう悟った。
些細なことをきっかけに主人公を好きになるヒロイン。ここまでは別に普通だ。
ただ…その後のアプローチが、あまりにも重い。
即告白したり、色仕掛けしてみたり…
とにかく、私にはハードルが高すぎることが多すぎる。
…とはいえ、部活の活動時間も基本的に違うのだから、彼と会える機会は正直言ってかなり少ない。
…とりあえずは、敬語を止めてもらうところから始めよう。
そう思った。
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