第6話 提案

「……師匠?」

「姐御?」

「姉さん……?」

「ミレディ?」


 おっと、いけない。

 思考の海に深々と潜っていたら、つい長々と黙り込んでしまった。


 四人が跪いたまま怪訝な表情で私のことを見上げているではないか。


「なんでもないわ」


 素知らぬ顔でそう誤魔化すと――


「なに、言わずともわかっておる」


 なぜか陛下が訳知り顔で頷きながら呟いた。


「仮に求婚を受け入れるにしても、四人のうち三人は断らなくてはならないことに気を揉んでいるのだろう?」


 うん、全然違います。

 でも話が逸れたから結果オーライ。

 四人の意識が陛下に向いたし、ナイス勘違い!


 いや、陛下に視線を向けたのは一瞬だった。

 四人はすぐにほかの三人を牽制するように視線を交わし合った。


 まあ、四人で私を取り合っている状況だし無理もないか。

 陛下の御前で喧嘩しないだけマシだし。


 どちらにしろ、私は非常に居心地が悪いけどね!


「だが、心配は無用だ」

「と言いますと?」


 妙案があると言いたげな表情の陛下に私は首を傾げる。

 すると、ほかの四人も牽制し合うのをやめて首を傾げた。


「アレクサンドラ、お主が四人をまとめて婿に取ればいのだ」

「――は?」


 予想だにしない陛下の言葉に、私は間の向けた声を漏らしてしまう。

 ちらりと横に視線を向けると、四人も「なに言ってんの?」と言いたげな表情をしていた。


「後日話そうと思っていたのだが、ちょうとい機会だから、いま提案しよう」


 そう一人で勝手に納得する陛下は、私の返事を聞くことなく提案とやらを口にする。


「アレクサンドラ、お主、名誉伯爵になれ」

「……はい?」

「そして、本来は男性貴族にしか許されていない複数の配偶者を持てる特権をお主に与えよう」


 そんな決定事項のように言われましても、頭の整理が追いつかないんですけど……。


「今回の魔王討伐の功に際し、お主たちにはなにか礼をせねばならなかった。故に、それを褒賞にしようと思うのだが、どうだ?」

「いやいやいやいや」


 ツッコミどころが多すぎるって……。

 えぇと、まずはなにからツッコむべきか……。


「陛下、私、何度も叙勲を断っていますよね?」

「うむ。お主が貴族になりたくないのは重々心得ておる」

「ならなぜ……」

「だから名誉伯爵なのだ」

「名誉伯爵……」


 ああ、そうか。

 名誉爵というのは、その国において貴族と同等の待遇を得られる立場にすぎない。

 功績を残した女性貴族などに与える爵位であり、相続権がない一代限りの物だ。


 とはいえ、私が知る限りで名誉爵を得た女性も、複数の夫を持つ人も存在しないのだけども……。


 それに――


「なぜ、いきなり伯爵なのでしょうか……」


 騎士爵、準男爵、男爵、子爵を飛ばして、いきなり伯爵である。

 普通は段階を踏むべきでは?


「お主は既に魔王討伐以外にも、国内において数々の功績を挙げておるからな。今まで断られていた褒賞の分も含めたら妥当だろう」


 妥当……なのか?

 基準がわからないから判断できない……。


「それにお主は傍流とはいえ、デュプランティス侯爵家の血筋だからな。名誉伯爵くらいがちょうどい」

「そうですが……傍流も傍流ですよ。実際、私は平民ですし……」


 一応、デュプランティスの姓を名乗っているが、本家とはほとんど交流がない末席に連なる家系だ。――いや、私が傭兵として名を揚げるまでは全く交流がなかった。


「まあ、それはおまけみたいなものだ」

「そうですか……」


 名誉伯爵位を与える理由付けにはちょうどいい要素というわけか。

 貴族連中を納得させないと不満が溜まってよからぬことを企てるかもしれないしね。


「本当は名誉爵ではなく、正式に一貴族としての爵位を与えたいのだが――」

「――それは嫌です」

「わかっている。何度も断られているからな……」


 そもそも私は女だから無理でしょうに。

 なんのために名誉爵があると思っているんですか。


「話を戻すが、いま言ったようにすればお主は一人の男に縛られずに済むだろう?」

「一夫多妻ならともかく、一妻多夫をしている人なんて聞いたことないのですが……」

「南方の一部の部族ではあるらしいぞ」

「この国と近隣諸国の話です」


 一妻多夫が主流の部族が住んでいる国には私も行ったことがあるから、存在しているのは知っている。


 でも、そんな遠方の話を持ち出されても困る。

 あそこまで遠い国だと文化も価値観も違いすぎるから。


 まあ、複数の夫を持つ女性たちの姿が羨ましいとは思ったけども。


「それにお主のことだから、四人の中から一人を選ぶことに抵抗があるのではないか?」

「……姉貴分としては、四人が仲違いするようなことは避けたいのが本音ですね」


 仮に求婚を受け入れるとしても、四人の中から一人を選ばなくてはならない。

 そうなると、選ばれた子と選ばれなかった子たちの間に軋轢あつれきが生じてしまうかもしれないので、四人のことを弟分としてかわいがっている身としては悲しいことだ。


 せっかく死線を潜り抜けた仲間なのだから、これからも仲良くしていきたい。


 故に、私だったら四人の中から一人を選ぶようなことはせず、誰とも結婚しないという選択肢を取る。


 逃げかもしれないけど、それが一番平和な解決策だと思う。

 私には結婚願望がないし、四人のことを異性として見ていなかったから、おかしな考えではないはず。


「だからこそ、お主が四人まとめて婿に取れば全て丸く収まるだろう?」


 一理あるけど、収まる……のか……?

 だいぶ無理がある提案だと思うけど……。


 なにより――


「そんなのこの子たちが納得するとでも?」


 私が陛下の提案を受け入れたとしても、四人が納得しなければ意味のない話だ。


 だから私は、複数の夫を持つ女となんて結婚したくないでしょう? という意味を込めた視線をユリウスたちに向ける。


「ほかの男と関係を持つことを容認しているのだから、複数の夫がいても構わないだろう? むしろ死地をともにした仲間のほうが信頼でき、安心してアレクサンドラのことを任せられるのではないか?」


 陛下はそう言うと、私と同じようにユリウスたちに視線を向けた。

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