二百六十話 車裂き

曹操が典韋と王越を連れて劉協の寝宮に入ると屏風が倒れ、陶磁器が砕かれ、辺り一面がめちゃくちゃになっていて

曹操も初めて獰猛な顔をした劉協を目にした


地面に伏していた伏皇后も曹操たちが入るのを見てゆっくり目を閉じて死に行く覚悟を決めた


「陛下、どうされました?」

いつも曹操の前では従順な小鹿のような劉協は珍しく曹操を前にしても怒りが収まらない


劉協の態度を見れば伏皇后の不倫は嘘ではないとわかるが事の詳細を聞く必要がある


「この下賎な女は朕の裏で通奸のような卑劣な事をした!許せない…」

劉協はそう言いながら曹操の倚天剣を奪おうと近づいた


このような挙動を見れば典韋は無意識的に曹操の前に出て劉協を突き飛ばした


典韋の怪力を劉協が受け切れるはずもなく、押されて尻もちを着いた


「陛下!」

伏皇后は急いで劉協に駆け寄り支えようとしたが劉協は彼女を押し退けた

「退け!」


曹操は仕方なく眉を掻きながら劉協を起こして王越に振り向いた

「王師、この事を他の人に知られたくない」


「はい!」


寝宮には他の宮女と下人はないが情報の漏洩を防ぐために王越を巡視させた

もし誰かが運悪くこの近くに近づけばそれは本当に運が悪かったとしか言えない


「陛下、これは重大な事ですのでハッキリさせて置く必要があります」

劉協を起こしてから曹操は声を押えた

「もし本当に龍種であればとんだ誤解になりますぞ?」


「誤解などありえない!絶対ありえない!この半年間この女を触ってないぞ!それなのに医官は喜脈を見出したぞ!これは何よりの証拠だ!」


実際劉協が伏皇后を呼ばなかった期間は半年よりもっと長かった


前回の劉備たちの報せを受けてから劉協は伏皇后を嫌うようになって、宮廷内乱で伏完が病に伏したと知ってから伏完への怒りも伏皇后に向けられた


そして朝議で受けた屈辱を曹操にぶつける度胸もない劉協は伏皇后に八つ当たりするようになり日々暴力を振るうようになった


劉協の中では伏皇后はもはや味方ではないので家庭内暴力は当たり前のように行われた


曹操が伏皇后に目を向けても彼女は普通のか弱い女子とは違って怯える素振りを見せない

いつでも死を受け入れる覚悟があるように見えた


「うん、誤診かもしれない。もう一度医官を呼べ!」

曹操は典韋に話すと典韋はすぐ外へ出て白髪の老人を連れて来た


「皇后様の脈をもう一度診ろ」


「はい」

医官が恐る恐る中指と薬指を合わせて伏皇后の手腕に掛けて、しばらくしてから満面の笑みを浮かべて劉協へ一礼した

「おめでとうございます!皇后様は龍血を身に宿しました」


嬉しくないよ!いつの間にか皇后が妊娠したんだ!


劉協が目を見開き暴走しそうになると曹操が片手を上げて劉協を止め、無表情で医官を見た

「答える前によく調べるものだ、少しでも間違いがあればどうなるかわかってるよな?」


老医官はピクっとしてもう一度脈を診る事にした

もう一度報告しようとすると曹操は既に倚天剣を抑えて殺意を漏らした


長年皇宮で仕えた医官も空気を読む力が備わっているので直ちに地面に跪き頭を下げた

「申し訳ございません!誤診でした!皇后様は腹部の気血に淀みが出た模様です」


「失せろ」


「はい!ありがとうございます、失礼します!」

医官は冷や汗をかき、転びながら出口から出て行った


「皇宮内には御林軍が警備に当たっている、皇后様の周りには誰も近づけないはずだろう」

曹操は少し不思議そうに髭を撫で下ろした


「頻繁に伏府へ戻ったのはそのためか!その隙に男に会いに行っただろう!」

劉協がそう言いながら再び曹操の倚天剣を奪おうとした


しかし今度は曹操が劉協の胸倉を掴み、静止させた

「陛下!全天下の人に知られても良いのか!」


曹操も腸が煮えくり返るほどイラついた

皇宮での不祥事が外に出回ればそれこそ綱常が崩れ去る証拠になるので

曹操も同様に恥ずかしい思いをしてしまう


曹操に怒鳴られた劉協はすぐ大人しくなったが伏皇后を睨み付けていた


曹操はため息をついてから典韋を見た

「子盛、皇后様の体調が悪いようだ。送り返してやれ」


「はい」


目の前で典韋が伏皇后を連れ去るのを見た劉協が遂に怒りを爆発させた

「曹操!お前は朕の天下を一存で決める事を許して来たが今は朕の家事も決めるのか!速く連れ戻せ!あの女の皮を剥いでやる!」


劉協の叫びを聞いても曹操は鼻で笑った

男なら余に立ち向かえ、女に手を挙げる男など恥ずかしいにも程がある


曹操は宮廷内の出来事を全て把握している、その中にもちろん劉協が伏皇后に対して振るう家庭内暴力も含まれている


少数である味方を大切にできない劉協に対して曹操は内心から見下げていた


しかし事を荒立てたくない曹操は穏やかに劉協を説得した

「陛下、皇后様が宮廷外で別の男と会っていたならこれを機に泳がせて置くのも一つの手です。時間が経てば男が会いに来るか皇后様が会いに行くだろう。その時に二人を抑え捕らえよう!これほどの大罪を犯す度胸のある人が一体誰なのか、余も見てみたい」


曹操の説得を聞いた劉協も少し落ち着いた

「魏王、本当に朕のためにその男を捕らえてくれるのか?」


「陛下、ご安心を!半月以内に必ずその男を捕らえる!」


「捕らえたあとは?」

劉協の目から殺意が漏れた


「陛下の前に突き出し何なりとお任せします」


「車裂きの刑にかけ一族皆殺しにする!」

劉協は歯を食いしばって話した


「良いだろう!必ず陛下のご期待に沿う!」

曹操は言葉を吐き捨てると外へ向かった


もちろん現段階では曹操は本心で下手人を許さないと決めた

伏皇后に手を出した時点で朝廷に対する冒涜であり、曹操はその罪を許すつもりもない


そして今の曹操は何よりも伏皇后の不倫相手が誰なのかが気になっていた

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