二百二十二話 より悪い状況
黄忠が二万の捕虜を連れ帰った事は劉琦にとってはこの上なく良い報せだった
これでやっと劉表にも、荊州の父老たちにも顔向けできる
でなければ劉琦は未だ劉備の顔を見たくなかった
劉備もこの時点ではとても嬉しい気持ちになっていた
二万の捕虜が戻れば兵力も戻り、このまま長沙を攻める事もできるからだ
孔明の言う通り、これからの出来事は全て収穫だ!
衰弱したものの劉備の顔色は少し良くなった
唯一不安になるのは諸葛亮だけだった
典黙が理由も無く捕虜と敵大将を解放するはずがない、彼らが戻って来れば必ず毒の事を話すだろう…
毒兵糧は無差別攻撃である、策が成功すれば捕虜たちも犠牲者を多く出す。
だからこそ諸葛亮は当初この策で寿命が縮むと言った
最終的に毒兵糧の策は失敗に終わったが典黙ならそれを利用するに違いない、彼はその手の心攻めを得意とする…
諸葛亮は自分の考え過ぎなら良いと願った
劉琦は黄忠に一刻も早く会いたいがため、城から五里離れた所まで迎えに出た
「漢昇将軍、ご無事で何よりです!」
劉琦は黄忠の手を握り、上下にブンブン振った
「ところで、典黙は何故あなたたちを解放したのですか?」
黄忠は苦笑いを浮かべた
「公子、話せば長くなる故、詳しい事はあとで話します」
黄忠は燎原火に乗っていたが二万の捕虜は皆徒歩での帰還だったので二百里の道のりを五日掛けてやっと完走した
「そうですね!速く城内へお入りください!」
黄忠は主公とは言わなかった、劉琦もその異変には未だ気づかずに居た
「漢昇将軍!お帰りなさい!ご無事で何よりです!」
「俺が帰って来たのがお前の誤算だった様だな劉備!」
劉備は感激した目で黄忠を見て話したが、黄忠は劉備を見ると顔色を変えた
その背後の二万荊州兵に至っては皆劉備を仇のように睨み付けた
「どうして…そんな事を言うのですか…?」
「惚けるのも大概にしろ!叶県城から二回目の脱出でお前らはこの子たちを手にかけた!」
帰り道でずっとこの事で頭いっぱいになっていた黄忠は劉備を問い詰めようと怒りを爆発させた
黄忠の話で劉琦も文聘も驚きを隠せない
遂に黄忠の怒りが荊州兵たちの不満にも火をつけた
「大耳賊!お前は曹操軍に毒を盛ったな!俺らが未だ城内に居るのを知っていながらそうしたのか!」
「追っ手が来た時俺らを置いて先に逃げたな!何が仁義だ!」
荊州兵たちは劉備三兄弟を取り囲み怒鳴り散らかした
彼らは時に唾を吐きかけ、時に泥を投げ付け、あろう事か石を投げ付ける人も居た
衰弱していた劉備は口を開くのも大変だったのでこれらに対応する術も無く関羽と張飛に守られていた
二回目の脱出時、劉備は気絶に近い状態だったので彼は本当に何も知らないが毒兵糧の事は事実で弁明する余地もない
群衆の憤怒が劉備三兄弟を襲う中、張飛は怒鳴り声で場を沈ませようとしたが口を大きく開けた瞬間に一塊の泥が見事に入った
そのあと殴りかかろうとする人も現れたので劉琦がその間に立ち、皆を止めた
「皆!静かに!」
「公子の話を聞け!」
黄忠が叫ぶと混乱した状況がやっと治まった
劉琦は元々劉備三兄弟を荊州に置いても良いと思ったが、先の話を聞けば彼も怒りを覚えた
「皇叔、彼らの言う事に嘘はあったか?」
劉備は口をパクパクと開けたが言葉は出なかった
劉琦は深くため息をついて、信じられない顔で劉備を見て首を横に振った
「皇叔、あなたには失望しました…もう荊州から離れてください。ここはあなたたちの居場所ではありません」
離れる…何処へ行けば良いのだ…
劉備は全身の骨を抜かれたように崩れ落ちた
「いつまで居座る気だ!さっさと出て行け!」
文聘も憎しみを顕にした
もう挽回できないと悟った劉備は全員に向かって深くお辞儀をした
「許されると思ってませんが…備は、ここで謝罪をします」
そのあとは劉琦を見て苦笑いをした
「公子…どうか、お元気で…」
劉備三兄弟は一旦城内に戻り荷造りを済ませると五十人程度の列で出て行った
関羽張飛諸葛亮以外にも簡雍など徐州の時から劉備に仕える部下が居た、彼らはここで劉備を見離すことをしなかった。
城門を潜ったあと、城関に居る兵が叫んだ
「皆の者!皇叔をお見送りしよう!」
ここで見送りしてもらえると思えなかったのか劉備は"南陽"と書かれた城関を見上げた
すると次の瞬間、城関の上に居る荊州兵たちは皆声を揃えて叫んだ
「消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!」
群衆の怒りを買ったからこそ侮辱されたと理解した劉備たちは背中を丸めて逃げた
「兄者、これから何処へ行けば良いですか?」
張飛が落ち込んで聞いた
「蒼梧へ行こう、太守の呉子卿が私の友だ」
南に向かって歩く劉備もため息をついて答えた
未だ行く宛てがあると聞いた関羽と張飛は少しほっとした
蒼梧は交州に位置して遠くて貧乏だが今の状況で受け入れられるならどこでも良かった
「主公、蒼梧の地では再起を計るのは難しいかと思います」
諸葛亮も羽扇を振る余裕も無くなった、先までより悪い状況が起きないと話した彼もこの結果を残念に思った
「孔明の意は?」
片手で手網を掴む劉備は少しフラフラしていた
「先に蒼梧で兵を借り、そのあと西へ向かい益州に行くべきかと思います。益州は天府の国、そこでしか曹操と戦える力を付けられません」
かつての漢高祖劉邦が益州から発展した事を劉備も知っていた
「しかし曹操を危惧して私たちを受け入れられるとは思えない」
「主公、益州の劉璋は長年張魯の侵攻に頭を抱えています、私たちが行くのを拒まないでしょう。それに彼も主公と同宗の血脈を持つので私たちを無視しないでしょう。益州で立場を固めれば川軍の力で曹操と充分に渡り合えます!」
諸葛亮の話を聞いた劉備は長い時間考えた
確かに西川は良い場所、大漢十三州で最も大きい土地を持つ。
益州一つで青、幽、并、冀の四州と肩を並べられる。
劉備も心底欲しいと思ったが劉璋が自分たちを受け入れると思えなかった、それに仮に行けたとしても大方その下に付く形になる。
「一旦蒼梧へ行ってから考えよう…」
しばらくしても考えがまとまらない劉備はため息をついて話した
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