四十一話 才媛蔡琰
先の矢を放った時典黙から少女までの距離が三十歩離れていたから顔をよく見えなかった。
陣形の中に通された少女をよく見ると白皙な肌に黒髪、ホッとしたのか放心状態になっていた
曹昂の知り合いかな...でも長安城内に知り合いが居たのか…?
見た感じ少女は十六七、典黙よりも若く、おっとりしていた。
典黙は曹昂に関する記憶を掻き分けても少女の正体は分からなかった。
曹昂「昭姫ちゃん!俺だ!曹昂だよ」
昭姫ちゃん…だと?あの才女蔡文姫…?
蔡文姫、本当の字は「昭姫」だったが、晋代になって司馬昭の諱を避けた結果文姫となり、その字が広く知られるようになった。
彼女は儒教の大家蔡邕の娘、名前は蔡琰
そしてこの蔡琰の嘆かわしくも数奇の人生には数多くの三国ファンが哀れだと同情した。
曹昂に呼ばれた蔡琰の目は絶望から困惑へ変わり最後には希望の光が宿った
曹昂の呼び掛けに蔡琰は嬉しそうに答える
「子脩兄さん!なんで長安に居るの?叔父様は?一緒じゃないですか?」
曹昂「父上なら来てる、今陛下を迎えに皇宮に入ってる。昭姬ちゃん、これから長安は天変地異を迎える。君一人では巻き込まれるかもしれない、一緒に濮陽へ戻ろう!」
曹操がまだ洛陽に居た頃蔡邕とは同じ師を持つ同窓、両家は家族ぐるみの付き合いで曹昂と蔡琰は言わば幼なじみ。
その幼なじみが危険な状況にいるとわかって曹昂は心配して一緒に逃げる事を提案した。
家族を失った蔡琰は虚ろな目を伏せて何も言わずに居た
わずか十六七歳の蔡琰は数年前に家族全員を亡くしていた、歳の割に悲惨な経験をした彼女は本能的に逃げて来たが生きる気力も無くどうすればいいのかわからずに居た
蔡琰は典黙の前に行き礼を言う
蔡琰「私は蔡琰、字名を昭姬。先程助けて頂いてありがとうございました!お名前を聞かせていただけますか?この御恩は忘れません!」
典黙「典黙です、礼には及ばない。それに…できれば忘れて欲しいかもな…」
蔡琰「貴方があの典黙…ですか?」
典黙「僕の名を聞いた事があるんですか?」
長安まで名前が届いた典黙は少し嬉しそうにしていた。
蔡琰「はい、典公子は戦の策だけでなく、機械仕掛けにも精通していて。兗州の百姓がお陰様で良い暮らしができると聞いてます。まさか今日直接お会いできると思いませんでした。」
幼少期から儒教の薫陶を受け、蔡琰は感慨深いが距離感をわきまえていた、典黙と目が合ってすぐ下に目線を逸らした。
典黙「昭姬、僕から一言いいか?」
蔡琰の黒髪が風で靡いて頬を擦り、目線も再び典黙の目に焦点を合わせて彼女は軽く頷く。
典黙「水に落ちた虫けらすら生きようともがく。今日助けたのも何かの縁だ、なら僕たちと一緒に濮陽へ来て欲しい。長安より安全だし」
曹昂「そうだよ昭姬、で無ければ我々が去った後一人でどうするつもりだ?」
蔡琰は風に乱れた髪を耳に掛け気まずそうに聞いた
「行軍中に私を連れていたら足手まといになりませんか?」
典黙「ん?あぁーっ、どうせ一人居るんだ、もう一人増えても問題ないだろう!」
陛下のことかな...
頭がいい蔡琰は典黙の意を汲み、提案を受け入れた
「ご迷惑をかけないように頑張ります!」
会話を続くうちに前方から曹操たちが帰って来た
典字営と張繍の部隊が前後に別れ中央に馬車が一両見えた、言うまでもないが中に乗ってるのは献帝の劉協。
先頭に道を切り開く典韋、許褚、趙雲の体中に返り血で赤く染まっていた。
驚く事に馬車の周りに老いた家臣たちが徒歩で無様に歩いていた。
曹操「子孝、この方たちにも馬を分けて長安から脱出するぞ!」
家臣たちが兵士の手を借りても上手く馬に乗れないのを見て、曹操の目から軽蔑が伺える。
本当はこの老いぼれたちを助けるつもりは無かったが、名目上はあくまで"救出活動"である。
曹操「子孝、君たちが前を走れ、目的地は黄城だ!」
全員が馬に乗ったのを確認して、曹操は無駄話をするつもりも無く命令を出した。
蔡琰「典公子…あの、私は馬乗れないです…」
周りの騎兵の行進を見て、迷惑をかけるのを恐れた蔡琰は更に続けた
「皆さん先に行ってください、私は他の方法で脱出します!」
典黙は何も言わずに手を差し伸べた
蔡琰は一瞬躊躇ったが典黙の手を取り彼の前に乗った。
典黙の両手は蔡琰の左右から回り込む形で手網を握った。
城門から出ると賈詡が叫びながら馬で追いかけて来た
賈詡「お待ちください!張繍殿の同志です!ここで待ち合わせの約束をしました!」
張繍は快く思わなかった。
城門の外側で待つという事はつまり、計画が成功した場合のみ合流、もし計画が失敗に終わってもそのまま逃げる事ができる。
張繍「タヌキめ…」
そう呟いたが張繍は賈詡を受け入れた。
なんだかんだ言って賈詡は協力してくれたし、ここで下手に追っ払って後々敵対されても困るからだ
曹操「急げ!黄城に向かえ!」
曹操は焦っていた。
李傕や郭汜が天子の脱走に気づいて追って来る事が一番の心配で早く黄城に着いて安心したかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます