第46話 スリーピング・ポジション
リビングルームのほうに残った金髪のメイドが、気品のあるガラス棚の中段に並んでいる
「いかかですか? チーズなどもご用意できますよ?」
酒を
コッタにも寝ると言った手前だ。私は
「いいんですか!?」
金髪のメイドの
私はメイドの
「もちろんですよ」
メイドが
しばらくするとコッタを寝かしつけていた黒髪のメイドが寝室から出て来た。チラリと部屋を見わたす。金髪のメイドがいないことを確認したような感じだが、黒髪のメイドはその点においては沈黙し、コッタの様子についてだけ短く伝えてきた。
「お嬢様はお休みになられました」
「助かったよ」
私は黒髪のメイドにも夜勤の業務形態を伝えて、こちらも解散とした。すぐに部屋から下がると思ったのだが、黒髪は「お背中をお流しいたします」と言った。
「いや。自分でやるよ。カトレアも下がっていい」
「でしたらお湯の準備だけでもいたします」
お湯の準備? なにを言ってるんだ? 私は
「さっき入っていたのではなかろうか?」
「ええ」
「は?」
「どうかなさいました?」
確かにいい大人が『は?』はいただけない。
「いや。コッタと入ってくれたのだろう?
「わたくしどもも入りましたゆえ、ルーク様がおつかりになるお湯が汚れておりますので」
「ああ……。そういうことか」
このメイドは
私はそれなりの
もう止めるの
もし風呂にコッタの純水ができあがっていたならば、私は
風呂掃除に向かったあとの黒髪のメイドは、
「お嬢様のことで申し上げたいことがございます」
「聞こう。なんでも言ってくれ」
私は
「バス・ルームの使用は問題ないかと思います」
バス・ルーム……。風呂の意味でもあるし、トイレの意味でもある。両方まとめた丁寧語だ。だとしたら、風呂か、トイレか、それとも両方か?
「少し蛇口がお堅いように見えますが、正しく扱えているかと思います。ですが熱湯が〝熱い〟ということが、お嬢様にきちんと伝わっているのか、理解しかねるところがございます。お嬢様を熱湯に近づけるわけにも行かず、お嬢様がどの程度ご注意くださっているのか、もうしばらくお時間が必要になるかと思います」
黒髪のメイドの話は風呂に集中していた。すぐに解決しそうにない問題で、私は小声になっていた。
「そうか……」
「ラビィのほうは大丈夫なように言っていました」
「カトレアは異なる意見だということだろうか?」
「いいえ。
このメイドは初級の回復魔法も使えないのか? と一瞬思ったのだが、なるほど……。〝そういうこと〟か。
ここの風呂には熱湯に限定された蛇口がある。コッタにとって危ないものだ。例えば蛇口から細く熱湯を出して手のひらに軽く当てる。そのような体で覚える方法を使えば、今後まちがいが起こる確率が格段に下がる。コッタは蛇口を慎重に操作するようになるだろう。
この黒髪のメイドが言いたいことは、だいたいこれで間違いない。
不敬にも聞こえる意見だが、黒髪のメイドは
場合によっては客としての私の質もためされている。
「忠告には感謝するよ。けどそれは
「大変な失礼を申し上げました」
「いや。先々のことを考えれば、手段のひとつくらいには考えてもいいことなのかもしれない。だけど今するようなことじゃないし、私はそんなことはしたくないんだ。コッタにはゆっくりと進める時間が残されているはずだ」
「ご理解いたします。当方にご宿泊の間は、わたくしたちが誠心誠意お仕えさせていただきます」
あざやかな営業だ。もしかして金髪のメイドが小躍りして酒を持って帰った瞬間からはじまっていたのか? 私は暗に長期的な滞在を勧められていた。
風呂の湯が溜まると、黒髪のメイドはそれを止めてから、退室へと向かった。
「それでは失礼いたします。ごゆっくりお休みくださいませ」
「少し聞かせて欲しい。カトレアの意見とラビィの意見と、どっちが正しいんだ?」
「ラビィでしょう。彼女は形式的にはわたくしの部下にあたりますが、手腕は優れています」
「では例えばの話、先のような方法を試せばいいと、カトレアは本気で思っていたのか?」
黒髪のメイドは
「これからの時代には、場合によっては有効なものになるかと思い、僭越ながら申し上げました」
これからの時代か……。
「ありがとう。
「わたくしにどもにチップの風習はございませんので。それでは失礼いたします」
黒髪のメイドは重ねていた両手をそのままに、一礼すると静かに消えていった。
ひとりで静まった部屋の中、気を取り直して私も一日を終わらせにかかった。
風呂に入って、服は残り湯を利用して水流の魔法で洗濯し、
実は服ごと風呂に入って、私自身をまるごと水流で洗濯するズボラな方法を採用している。冒険者流の時短だが、こういうことはコッタには秘密のほうが良いのだろう。
風呂の湯はすぐに落として、ついでにキレイに掃除しておいた。私なりの返礼だが、これも魔法でとっと終わらせた。
リビングに戻るとすべての照明器具の光を落として回り、ソファの上に寝そべった。
今日のコッタは楽しく過ごせたのだろうか? あの森の中にいたときよりはずっと良くなったのではないだろうか。今日になってからのコッタは……。街でのコッタは……。……。
衛生観念という問題はほとんどクリアできたと言って良い状況である今、私は〝それ以外〟の反省点を洗い出すつもりで、今日の彼女の姿を思い出したのだが、そのほとんどが
あの二人のメイドを味方につければ、私はずっと気楽に――手を抜くという意味ではなく――余計なプレッシャーか解放されて、より充実した時間をコッタに提供できるような自分になれるのではないだろうか。そんな考えも頭によぎった。頭の
けれども私は『ここにコッタと来ることができて楽しかったのだよ』ということを、まず彼女に伝えて、確認し合いたくなっていた。
そうした発言は場違いなものにもなりかねないから、まだ早いのだろうか。それとも、もう遅いのだろうかと、私は迷うしかなかった。彼女の気の持ちようが分からないから、私は平穏な毎日の中をコッタが生きていければと祈ることにした。
今は眠ろう。
救っているようでも救われている。ソファの背もたれのほうに顔を埋めた私は、数年ぶりにくたりと自然に夢の中へと入ることができていた。
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