第43話 ルーザーズ・サイド

『どうして、わたしにだけそんなに冷たいんですか。ユリスがやとったメイドたちと同じくらいにあつかってくれてもいいじゃないですか』

愚問ぐもんだ。あの二人は協力者で、お前はとどき者だ。文字通りとどけさえしていない侵入者しんにゅうしゃだ」

『だったらわたしも協力します!』

「お前はコッタに近づくな。お前はあくまで自分本じぶんほんあつかましい存在だ。お前の協力は悪影響にしかならん」


 威嚇いかくをはじめた犬のように『ぅぅぅ』という声をめたハジュは、そのあとすぐにえた。


『なんでもかんでもったふうに言わないで下さい!!」

怒声どせいを上げてかえりみることを知らんお前は、うそだらけの存在として成立する必定ひつじょうの中を生きている。お前の言うことは何も信用できない」

『信用しないのはユリスの問題です!』

「その手垢てあかにまみれた切り返しは大昔からあるのか? 古臭い存在なら少しは自分を問い正して視野を広げろ」

『昔のことばかり。ユリスはいつもそうなんです!」

「話のしんがそれている。それにそいつは誤解ごかいでしかない」

『誤解じゃありません! そんなだから小さい女の子ばかりに目を向けて、自分をなぐさめることしかできないんです!』


 違う。それは幼女への冒涜ぼうとくだ。幼女は因果の結果に愛される存在ではない。ましてや慰めに利用される存在でもない。気がついたときには静かに心を奪い去っている神聖な存在だ。


「ならば問うてやる。お前はなぜ、私が〝最初に発見した時〟から復活を始めなかった?」

『……』


 びた過去など今さらどうでもいいのだが、まだ反抗してくるなら今度は私からクリティカルな指摘してきを提出しよう。


 ハジュの石像をダンジョンで発見して持ち帰ったのは、私が22歳のときの出来事だ。この時点から再生が開始されていたら、ハジュは私が25歳のときには復活できていた。


「かつての私のパーティーがいどんだ最後のダンジョン攻略。西方のツイン・タワーだ。その最後のたたかいのときにお前がいれば、私のパーティーの解散は防げたんじゃないのか? お前がいれば私たちはもっとらくに勝利することが出来できたのではないのか?」

『……』

あさましき背反はいはんを抱えた幻獣よ。お前のけのかわがれている。れ」


 あと一人ひとり。その一人の加入かにゅうで戦場の様相ようそう刷新さっしんされる。逆に一人ひとりでも落とされると、その戦いはいっきょう最中さなかへとまれていく。ボスこうりゃくせんの基礎中の基礎は、パーティー・メンバー全員の生存であり、その基礎を守ることは、快勝という余力を残した戦果にも通じている。


 こうレベルの味方を増やすことは冒険者の常識だ。


『そんなのウジウジです! いつまでも引きずって! そういうのって最高にダサいです!』


 れる。うそきだ。すきを見せれば平気でき返してくる。精神的せいしんてき劣等れっとうしゅだ。もし隣街となりまちの貴族が没落ぼつらくしたら、その距離をものともせずに嬉々ききとしてけつけはやてることに精を出すのだろう。ゆがんだ喜びを求める境地きょうちにまで心が堕落だらくしている。

 

 ハジュは私が昔のことをきずっているとでも思っているらしいが、私は自分の発言をすべて冷静にコントロールしている。過去などいてはいない。私はロリコンとして生まれ変わったことに感謝している。すなわちロリに感謝を捧げている。私の発言はすべてお前との距離感を確かめるためのものだ。


 たとえどんなに言い争いをしていても、その最中さいちゅう半歩はんぽがる心の広さを示せたのならば、しゅうだけは我慢できたかもしれないが、どう考えてもハジュはもう手遅れだ。むしばまれている。


 過去の事実が今の私を苦しめることなど何一つない。そんなあしった心でコッタのそばにられるはずがない。


 ……。……。……。


 これだけは逆か……。コッタの存在が今の私を支えている……。


 私は前を向くことが出来できている。


「認めよう。私はダサくていい。だがハジュよ。私はまだお前の答えを聞いていない。言ってみろ」

『そ、それはっ……』

「答えろ。なぜ、私が冒険者を引退してから復活した?」

『……』


 答えられないのはうしろぐらい理由をかかえているからだ。


〝それ〟に気付かない私ではない。

 

 お前がすべてちまけるのら、私もすべてをちまいてやる。


希薄化きはくかおそれたのだろう? かつて私のパーティーには女傑じょけつが3人もいたんだ。そこで〝あとし〟のお前が参加したところで、受けられる栄誉は高々たかだかれている。お前は私が一人ひとりきりになるときを待ち、可能なかぎり栄誉をその身に集中させられる時を待っていた」

『ッ……!』

「お前に語るための言葉がないのなら、私が語る言葉などどこにもない。これ以上は無駄だ。もうお前の戯言ざれごとには付き合わない。これまでの会話でお前の程度も知れた。消えろ。ほか宿やどを探せ」


 ハジュはかたふるわせている。ここに幼女がいないから寒いと言うのなら、私は完全な同意を示すことができただろう。


『わたしの……〝見ため〟だって……』

「見ためだけを問題視しているのではない」

『小さくなってまでびたんですッ!』

「すべてをぼうったのはお前だ!!」

『わたしの見ためだってまだ8歳なのにッッッ!!!』 

「ロリ・バアアはロリではなくババアだ!!!! その長寿ちょうじゅをもって世界に流布るふせしめろ!!!!」

『ッッッッッ!!!!!』


 私の怒声が室内をわずかに揺らして、ハジュのほおに敗北の血流にも似たグズグズな赤色が浮かび始めていた。


 ハジュはくしゃりと目蓋まぶたを閉じて涙を散らした。


『どうして……わたしも……〝小さい〟のに……』


 体で解決できる問題ではない。私は本気だ。本気のロリコンだ。まず人型幻獣がロリを気取ること許さない。そして何年も生きた存在がロリを気取ることも許さない。それは〝大きな〟間違いだ。


 そして私に議論のすりえは効かない。私とハジュにおける問題の中心は性別や体のサイズにはなかった。それはハジュも最初から分かっていたことではないのか?


 コッタと並び立とうとするのではなく、下位に立つことがお前の希望をかなえる条件だった……。


「出て行け……」

『ここがわたしのお部屋へやです……』


 ハジュが右手をかかげると、私の足元からくろきりがふき出した。回避不可能な速度で足が言うことを聞かなくなる。この空間せいなのか。優位性ゆういせいがハジュにある。


 黒い霧は服を這いながら上に向けて登りだし、私の全体を包もうとしているが、手では払うことができない。

 小規模な爆裂魔法を使ってみたが粘着質はここでも極まっている。吹き飛ばすことができない。


「出て行けと言っているッ!」

『行きません……』


 もはや私の言葉など聞いていない様子だ。ハジュの言葉は冷気と共にあり、ここまで追い詰めたのに、私だけがえていた。こうしょうれてしまう。


「Sクラスの冒険者は私以外にもいる!! 〝外殻がいかく8カ国〟のどこかへ行けッッ!!」

『そんなの知りません……。もう最強以外の弱者とは……一緒に戦いたくないんです……』


 ハジュがあやつっているであろうきりが私の口にまで到達して口の動きも封じられた。とにかく出て行けという反論は声にすらならない。


 うつむいたハジュはこちらに表情をみせないまま、操作されているであろう霧だけが包括ほうかつ範囲はんいを拡大して、私の視界は黒一色に染まった。


 ……。次の瞬間、私の目蓋まぶたは開かれていた。


 現実の世界に戻ってきている……。


 幼女以外としゃべりすぎたせいで疲労感が体にまとわりついている。時刻じこくを確認すると2時間をわずかに過ぎていることがわかった。し作業は一時いちじ中断ちゅうだんだ。私はしたに会わないコーヒーは残して部屋に帰ることにした。


 ハジュにはブラフで通したものの、正直な話、私は記憶の封印などと言ういかがわしい術を、自分に対して使いたくなかった。この術はボロが出そうなくらい試験回数が足りていない。特に使用術者が自分を対象にして発動したときのサンプルがない。


 頭の湿疹しっしんはまだ当然のように残っている。この湿疹にしてもハジュにしても、あそこまで言い負かしたのだ、時間の経過とともに自然に消えていくことを私は切に願った。

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