第42話 人型神話級

「お前は私が記憶を消せないとでも思っているのか?」

『な……、なんのことを言っているんですか……?』

「お前の復活は、私の記憶と密接みっせつな関係をもっている……。私はいくらか考えた。そして気が付いた。お前の記憶を私の中から消したらどうなる?」

『人にはそれができません。すくなくとも正気を保ってそれが可能な人類はいません。人と記憶は二つで一つ。いつもそばにあるものです。わたしの存在そんざいらぎません』

「いたとしたら?」

『な、なんなんですか?』

「例えば、お前の首がんでる最中さいちゅうに、そんな秘術が生まれていたらお前はどうなるといている」


 ハジュが破壊されたのはもっと太古たいこ時代じだいのことだ。


 ときどき2万年前も1万年前も同じ大昔の出来事としてくくる者がいるが、2万年昔の出来事は1万年昔の出来事とは明確に異なる。太古たいこの時代にも順序があり、決して同時代ではない。まったく違うものだ。


 ハジュには首を吹っ飛ばされていた期間がある。その期間はそのまま空白期間となり、知識ちしきけっそんにも結びついている。


 ハジュが首を吹っ飛ばされていた間にも太古の時代は動き続け、神々はこの世の魔法にあらざるじゅつ――秘術ひじゅつ――をした。


 この神々という存在もまた、私は幻獣であると推測しているのだが、いずれにしてもちょうじょうの存在たちは、われわれにはつくれない武器や防具、アクセサリーや魔法、建築物やダンジョン、そしてみょうきわまる〝秘術ひじゅつ〟を産み落とした。


 クロノスフィールの技法もそうだ。魔法とはまったく異なり、現代の知識で解明できない不可解なじゅつ――秘術ひじゅつ――である。


 平面ではなく、球体の魔法陣を形成して使われるこの術は、魔物まものへの対抗たいこう手段しゅだんではなく、人間の世界への影響インパクトを予定して作られたものだ――と思っていたのだが、この技法は幻獣への使用をこうりょしていた、ということなのだろうか?

 

 世界をえる気などない私は、自宅として利用しているかくにそのしょうさいが記された古文書を封印した。一般人を対象として使用し、いたずらに混乱を引き起こすような馬鹿げたことに価値を見い出せなかった私にとっては、自身の技術と倉庫におさめるコレクションでしかなかったものだ。


 ターゲットをハジュにして記憶の封印を使用しても、術が完成するまでの間に逃げられる公算こうさんが高い。


 だから記憶の封印の対象は私だ。ハジュが再生さいせい駆動くどうしはじめた原因は、私と対面したことにある。


 石像のハジュが私を見たせいか。逆に私がハジュを見たせいなのか。この議論もすでに決着がついている。首のなかったコヤツは感じるがわで――非常に気持ちの悪い話だが――私が感じさせたがわだ。


 ハジュはおそらく私のかくの倉庫の中を知っている。古文書の存在にも行き着いている。クロノスフィールの技法を私が習得しているかいなかが、ハジュにとっての曖昧ファジー判定はんていだ。


 ここまで頭脳に関与している幻獣だ。ハジュを見たという視覚での認識が、記憶という形で私の頭の中に存在を確立し、それがハジュへと伝播でんぱした。そしてハジュは活動再開の条件を満たした。活動を継続することができているハジュの体は、私の記憶なしでその維持が成立しない。的外まとはずれ、ということは無いだろう。


 私はハジュが勝利した歴史資料も見たことがあるのだ。ハジュの生存記録は敗北で幕を閉じるのだが、それまでの間には勝利を重ねている。


 ハジュの好物である栄光を、現代でも覚えている数少ない有声言語族の一人が私でもあるのだ。


 ハジュの様子でわかる。すでに睥睨へいげいが可能なまでにハジュの様子は動揺どうように転じていた。


『うそ……、ホントに…………』

「私を警戒し、静かに事を進めてきたお前の態度は正しかったというわけだ。そっと見守ればそのうち立ち直って冒険に行くとでも思っていたのだろう?」

『……』

めをしくじるのは性分か?」

『け、消せるんですか?』

「消したときお前はどうなるんだ? また石像に戻るのか? 幻獣界に帰るのか? 少なくとも今みたいに身動きをとることはできなそうだな」

『う、嘘はダメです!? 人にはあの魔法陣は使えません!』

「本気だ。私の〝立体りったい〟は物体の〝背面はいめん〟にまでもおよんでいる。魔法陣が円から球体きゅうたいになったとこで苦労はない」


 じん形成けいせい――。魔法にしろ秘術にしろ、その発動の前段階には〝じん〟と呼ばれるイメージを心の中に用意する必要がある。魔法の場合は円形であり、魔法陣とよばれる。秘術なら球体で秘術陣だ。


 幻獣にとってはどちらも魔法陣ということらしいが……。あまり細かな違いを気にする必要がないという点は、私に限っては同意できる。一般人は、球体の表面に描かれた模様などを含んで、心の中で秘術陣を――すなわち球体を正しくイメージすることができないらしい。パーティー内での習得が私に限定された理由の一端いったんだ。


 心の中に正しくイメージされたじんは、現世に姿を現す。


「終わろう。解散だ」


 私は秘術陣を形成に入った。まずは心の中に巨大な球体を思い浮かべる。


 微弱な黄色い光をともなった球体が、頭上の空間に直径5メートルの位置に顕現する。経線けいせん緯線いせんをまばらにそなえた骨組みの形状で、秘術陣の第一だいいち形態けいたいと呼んでいるものだ。


 そこから先は必要がなくなった。ハジュが瞳を強く閉じて、はしみずめたからだ。見てないのなら意味がない。


 その脆弱ぜいじゃくな精神性が敗北した理由なのだろうか。それともまだ私をたぶらかせる余地よちが残っているのか……。


 元からその体型であったのか、それとも力を失って小さくなったかは知らないが、ハジュはロリとは異なる存在だ。私は純系統じゅんけいとうのロリしか幼女として許容しない。


 人型ひとがた神話級しんわきゅう大大典だいたいてんの拘束によってこのに語り継ぐことはできないが、私は特定の幻獣を今からそのように呼称こしょうしよう。


 私が心の中の秘術陣をくだくと、現実世界の秘術陣も同じように砕けて形を失った。


 そしてハジュが再び力強く瞳を見開いた。


 結局、口喧嘩なのだ。この悪しきバトル・フィールドは自分の力で勝利の風を吹かすことができない。硬直状態を言いつけられているかのようで、私は皮肉ひにくでもきたくなっていた。

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