第41話 メモリー・シールド・システム

「お前とは正式に契約を結んでいない。だが私の頭の中に部屋を作ることができる。それで間違いないな?」

『だから何なんですか! 先から聞いてばっかりで! さっさと冒険に行って下さい! 魔物と戦ってください! ダンジョンに行ってくださいッ!』


 幻獣は単体で魔物と戦わない。魔物のほうも率先そっせんして幻獣を駆除くじょする様子はない。この二種族は、事実上、不戦の関係だと現代では想定されている。


 ハジュはここに例外を持ち込むために契約を必要とする――ということだろう。人との契約なしに、ハジュは魔物との戦いに参加できないのだ。それはハジュにとって不戦敗にも等しいのだろう。


 Sクラスの冒険には命がけの戦いが含まれる。そして同時にその冒険の成功には勝利や栄光が付随ふずいする。ハジュは私とパーティーを組み、勝利という漁夫ぎょふ獲得かくとくせんとしているのだろう。


 溜息ためいきが出る。言ったところでハジュには理解できやしない……。


 コッタの共にあることが最大の冒険だ。


 命をけるのではない、命をでる生き方がある。ロリコンである私が何を選ぶかなど自明じめい。魔物をたたつぶして得られる景色に価値を見出していた私など、はるか昔に消え失せている。


 ただこの調子だとハジュの自主退場が期待できない。


 だとしたら私はどうするべきか? 今ところ実害はない――ないことはないが現段階においては無いと言っていい。だがこのまま放置していると、いつしか溜め込んだ不満を爆発させて、私とコッタの邪魔を始めるかもしれない。


 そうなれば私とハジュの関係は修復不可能なところにまで悪化する。


 この事実は、おそらくハジュもしっかり認識できている。ゆえにハジュも簡単にしびれを切らせない状況だと推測できる。


 にらみ合い。


 現状維持が無難なのかもしれないが、私は憂慮ゆうりょを取り除いた穏やかな気持ちでコッタと向き合いたい。ハジュは負け戦の女神だ。人生の旅路をまさにこれから歩まんとする乙女のそばづかえにするには〝星のめぐり〟が悪い。不吉の象徴など夜空を見上げた占星術師せんせいじゅつしが語るだけで必要数ひつようすうは足りている。


 それに私はコッタと二人きりのほうがいい。


 だがどうする? どうやって叩き出す? 戦場に誘い込むことはできない。この調子だとおどしが効くとも思えない。


 おそらくくちげんにさえ負けたくないのがハジュの傾向けいこうだ。


にらんでばかりいないで、契約くらいしてくれてもいいじゃないですか……』


 契約……。もしかしたら私に残された方法は〝そこ〟にあるのか? 


 私には〝思い当たるふし〟がある。私が〝こころほう〟と呼んでいるものだ。幻獣を召喚しょうかんするためのドア・ノッカー。


 今の私は、ハジュに対するこころほうの存在を感じられない。ルーシーから感じられるものが、ハジュにはない。ハジュと対応するものは、心の方位とは異なる頭の中の湿疹しっしんだ。


 頭脳が人のの中心となっていることは、西方の国の科学者サイエンティストが打ち立てた信憑性しんぴょうせいの高い推測だ。湿疹が頭の中であるならば、私には対抗策になるかもしれないじゅつがひとつある。


――クロノスフィールの技法ぎほう――


 かつて冒険者だったときに〝未踏みとう領域りょういき〟から私が持ち帰り、私だけが習得できた禁忌きんきじゅつだ。


 この術は記憶を封印することができる。


 記憶、すなわち脳へのアプローチだ。逆説的に、脳へアプローチできる方法など、私はこれくらいしか持っていない。試せることは、ひとつにまでしぼられている。


 ……。……。……。


――7歳くらいでしょうか。あの子にはあと何年残されているのでしょう――


 午前中に受けたハジュの指摘に、私は答えることができなかった……。


 ……。……。……。


 私は一度だけハジュにチャンスをくれてやることにした。


 身から出た錆びなど、私は自分で掃除できる。が、もしハジュが私にもコッタにとっても都合良く働くというのなら、ハジュが求めているであろう勝利の栄光に付き合ってやってもいい。


 私は限りなく真実の近くにある事柄ことがらを話すことで、ハジュが私たちに協力する資質ししつを持ち合わせているのか見極みきわめることにした。


「なんとなくだがな。石造だったお前が動き出した原因に、私は気がついている。お前の復活は、お前を見た〝私の記憶〟と関係を持っているんじゃないのか――と、私は思うのだよ」


 あながち間違っていないはずだ。最強の名を欲しいままにしてきた私が感じた直感だ。私のことを信用しているならば、ハジュはここで正直に答えなければならない。

 

『……』


 またダンマリで返してくる。自分から他人を信用することが出来ないすすけた精神が垣間見かいまみえる。相手の誠意を確信した後でしか、自分から寄せる信頼をいだかれない。敗北よる後遺症こういしょうであろうが、他人の私からすれば関係ない。


 気に食わないとは言わない。


 有声ゆうせいげん語族ごぞくならばそれを常識とすれば利益を得られる場合もある。他人の心の動線に注意する発想。私はそれに一定の価値を認めている。手品てじなを努力した道化師よりも、笑顔がにくい道化師のほうが人気が出たりするものだ。もし笑顔の作り方にも努力がいるというのなら、私の例え話はえないものになるのだが……。


 まあいい。もうめの段階に入ろう。譲歩じょうほは終わりだ。


「当然、私が間違えている可能性もある。例えば、私だけが有する高いレベルに感応かんのうしてお前が復活した可能性もなきにしもあらずだ」

『そんなこと分かったからって、なんだっていうんですか?』

「その通りだ。だからはっきり言ってやる。コソコソとのぞかれるのは気分が悪い。消えろ」

『あの子のためにも、わたしの監視があったほうがいいはずですッ』

監視かんし? 誰を監視すると言うのだ?」

『ユリスに決まっているじゃないですか。トイレとかお風呂とか。ちまたの変態に堕落だらくしているユリスをそのままにしておけませんッ』

「私は良識に基づいて行動している。お前の監視など必要ない」

『ないよりもあったほうが健全です』


 確かに――監視かんしの目はあったほうがよい。


 だが今になって言い出したことがちない。その理由を考えれば、ハジュが如何いか自己じこ中心的ちゅうしんてきな存在であるかは分かる。


「その態度を改めろと言っている。お前は負けたくないだけなんだろう? あるいはそのせいで、私のことが好きなんだろう? 好意を寄せざるを得ないみったれたこころやまいを持って復活したのがお前だ。お前は私のレベルに〝感じずにはいられない〟……。この話も的中てきちゅうしているはずだ」

『そ、そんなこと……ありません』


 勝利を好物こうぶつとするコヤツが、最強である私のそばから離れなかった歳月がなによりの証拠だ。固執を超えた条件付けの中にハジュはいる。


神聖しんせい復古ふっこが目的か? 言っておくがお前がどんなに足掻あがこうが、もはや世界中の認識はヴァルキュリアがいくさ女神めがみで決定している。そしてお前はいくさ女神めがみだ。誰からも忘れ去られて行く。時流じりゅうは止まらん。首を吹っ飛ばされた奴など誰もあがめはせん」


 ハジュは下を向いて震えだした。


『したり顔ばっかり……。わたしをいじめて楽しいですか?』

「お前は勘違かんちがいしている。お前が消えればそれで終わる話だ」

『こ、こ……、』


「……」 狂ってニワトリにでもなったのか?


『これから夜だから、わたしにどこかに行けって言ってるんですよねッ!』

「? なんのことだ?」

『コココッ…………コッタと二人っきりの夜がそんなに大切ですか?』


 ハジュの顔は赤面していた。勢いに乗せた早口が終わっても、まだ赤い顔のままで、きつく口を結んでいる。それで私に勝利したとでも言うつもりなのだろうか? 見当違けんとうちがいもはなはだしい。

 

「イカレた奴だ。首と一緒いっしょに理性まで吹っ飛んだのか? このピンクの部屋に、夜の魔導具まで持ち込んでいるんじゃないだろうな?」

『そ、そんなことしません! それにわたしだって、こんなこと言いたくて言ってるんじゃありませんッッ!!』

「私とて幻獣の猥談わいだんなど聞ききたくない!」


 ハジュは目の端に涙を浮かべた。


 ロリコンである私への冒涜ぼうとくなど好きなだけすればいいが、ハジュからはコッタを気遣う気配がない……。いつだって出遅れて、言い訳のように始まるのがハジュの主張だ。ついでに品位まで落している。見切る方向で間違いはなかったのだ……。

 

「もう一度言う。消えろ」

『消えません。絶対消えない……。もう絶対……消えたりしません……』


 忙しい奴だ。恥じらいの態度は早くも消えて、今は感傷かんしょうひたっている。

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