第40話 大大典と女神の系譜

「なんですかも、どうやっても、全部こっちのセリフだ。好き勝手やりやがって……」

『そ、それは……、勝手にお部屋を作ったのは……良く無いことかもしれませんけど……』


 作った? 新設したのか? だとしたら調子ちょうしくさって伝えるような創作活動ではないだろうが……。


 すぐに契約の内容を問いただしたいところだが、素直に聞いてはぐらかされたら対処のしようがない。


 私の怒りの視線に気落ちしたハジュは、胸元のシーツを落として逃れるように視線も下に落とした。私の憤怒ふんどは認識したようで、ハジュは落ち込んでる。


 間違いなく嘘っぱちの素振そぶりではあろうが……。


 幻獣は長寿ちょうじゅの生き物がほとんどだ。人に対する一般常識くらいは持っている。本当に悪いと思っているなら、やらなければいいだけの話だ。


「ここは私の頭の中だろう? 分かっているならもう出て行け」

『行きません……。私の帰る場所はユリスです……』


 もしかしたらの望みは消えた。否定がないことから、やはりここは私の頭の中らしい。


「幻獣はそこまでの自由を許されてないはずだ。普通、人と幻獣は接触せっしょくしない」

『ユリスが普通じゃないのが悪いんです。その普通は私を拒絶しません』


 普通。


 かつてグルドランキング1位に君臨していた私は、この普通という言葉をどちらかと言えば嫌っていた。とがることに美意識を覚えていた。だが今は普通をこよなく愛している。幼女は普通に生きているだけですばらしい。深くまで愛することができる。今の私は異質なモノに用がない。


 ハジュにおける問題は、言葉による交渉こうしょうで自発的に出て行かせるしかない、ということだ。


 幻獣特有の転移の技法でハジュは自由に逃走できるし、再び出現することもできる。この技法があるかぎり、私はいつまでも嘲弄ちょうろうされるだろう。加えてハジュに優位性を与えているこの空間だ。


 武力衝突による排除は通用しない。


 つまるところ、私には〝口喧嘩〟しか方法がないのだ。それは不可能であるとさえ思えのだが、諦めてはならない。活路はどこかにあるはずだ。


 まずは午前中のように、話の途中で追い出されることを避けて進まなければならない。

 

 ハジュのヤツがどんな〝秘術ひじゅつ〟を使ったのか知らないが、私の頭の中には基地きちが築れた。そしてこの部屋のおもむきから考えて、ハジュはすでにここでの年単位の長期滞在を念頭にいれている。最低限それくらいの想定をしたほうが良いのだろう。


 この部屋自体、幻獣だけに使用が許されている特技と推測される。私でも初めて見る技であり、私見しけんにならざるをないのだが……。


 これが幻獣との契約なのかと自問すると、おそらく違うと推測できる……。


 ――心の方位――


 幻獣を呼び出すために与えられた装置は、ルーシーの場合だと心臓のほうに位置している。頭の湿疹のような違和感はなく、月のように静かなものだ。


 普通。


 もし普通に幻獣と契約したならば、〝心の方位〟が与えらて契約完了となるはずだ。ゆえにハジュとの契約はまだ不成立だと思ってよいのだろうが……。


 普通というのが、また厄介な問題となっている。ここにある普通は、普通と言っても推測困難な普通ばかりだ。


 幻獣との接触の機会は私でも数回しかない。契約幻獣もルーシーに限られている。攻撃性能のある結論を得るには、もっと推論が必要だ。


 私はハジュとルーシーとの間にある差異さいの理解に苦しみ、そして幻獣それ自体への理解に苦しみつつも、ひそかに体感時間を延長し、思索のための深い時間の中に突入した。


 古き時代から共に生きてきたルーシーと、新たに加えられたハジュという二つのサンプルをもって、いま再び幻獣についての推論を組み立てる。


 そこから結論を抽出することで、私はこの状況を打破する方法――あるいは情報――の入手を試みることにした。


 ――。――。――。


 前提にある確定情報は、幻獣という名称の由来だ。ハジュのような人型もまたげんじゅう〟である。ケモノという分類は、転移の技法が使えることと、われわれ有声ゆうせいげん語族ごぞくに積極的に危害を加えないことなどを要点として設定された区分にすぎない。


 だが幻獣の〝幻〟は文字通りまぼろしという解釈でいい。希少性があるのだ。幻獣の出現率は極小きょくしょうである。一般人の99・99……%は、幻獣の姿など見ずに生涯を終える。


 最強である私が一般人ではない、ということを加味しても、幻獣はやはり有声ゆうせいげん語族ごぞく、とりわけ私のような人類とは接触しないのが普通だ。容易よういに姿を現さないし、人と契約を結ばないのが幻獣である。この前提も簡単にゆらぐものではないはずだ。


 私とルーシーが契約するに至った原因はルーシーの負傷だ。いわゆる命の恩人。傷ついている彼を回復魔法で癒し、転移の技法が使えるまで復調させたことにより、私はルーシーと契約を結ぶことに成功した。


 レベル432。ルーシーの実力は人類のほとんどを凌駕りょうがするうえに、永遠の翼の持ち主である。安定した長距離移動の能力は、最強である私であっても太刀打ちできない。


 ――。 ――。――。


 私はかつてルーシーに幻獣との契約関係について尋ねてみたことがある。


幻獣ボクたちと人間は、本当は接触コンタクトしたらダメなんだよ』


 なぜ接触コンタクトしたらダメなのか。なぜ私と彼の間で接触コンタクトを超える契約が成立したのか。


 それは〝大大典だいたいてん〟という大きな規則によって定められているからだ、とルーシーは言っていた。


 要領を得ない。


 ルーシーは幻獣の秘密を大切にしていたのだ。


 そこから先、ルーシーは多くを語らなかった。ルーシーは移動や戦闘などには協力してくれるのだが、幻獣の生態や原則について教えられることは限られていると言っていた。


 なぜなのか? 


 かつて好奇心に満ちていた私は、この話題に踏み込んだ経験がある。


大大典だいたいてんで決められたルールなんだよね。それ以上は言えないかな』


 契約関係にある私に対しても秘密は優先されている――これはこれで重要な情報にもなりえるのだが、私もすでに秘密に組み込まれていた。


大大典だいたいてんのことは一般人みんなに教えたらダメだよ。ていうか絶対止めてね。僕もユリスも死んじゃうから。絵本を作ったりするのもダメだよ。ね?』


 この話を聞かされた当初は冷や汗を流したのだが、今となってはなんてことはない。今日まで私とルーシーは生きてきたし、良好な関係を持続することができている。無理やりしゃべらされて殺される、などという離れ技はらわなかった。


 こうした限られた情報からでも大雑把おおざっぱ把握はあくできることはあった。


 ルーシーは幻獣のことを『ボクたち』と表現していた。精神波せいしんはの会話に含まれる独特な反響に、複数の主体しゅたいを表現する音が含まれていた。


 幻獣の種類は100や200にはおさまらず、我々が思っているよりはるかに多いのかもしれない。有声ゆうせいげん語族ごぞくが見つけられていないだけで、相当そうとう頭数あたまかずがいる。


 この仮説は、大大典だいたいてんに〝だい〟という文字がついているという事実によって、その地盤をより強固にしている。幻獣の種類が多いゆえに、大大典だいたいてんという規則は巨大にならざるをなかったのだ。


 レベル400相当の幻獣が、もし人類と同数近く存在し、かつ攻撃的であるならば、私たちは一日で絶滅するだろう。私を含んで。


『大丈夫。興味がないから。幻獣ボクたちは人間に攻撃したりしないよ』


 幻獣の安全性。ルーシーの言葉は歴史が証明している。今現在も繁栄を続ける有声言語族、とりわけその筆頭である人類の存続が、幻獣が無害であるとうい条件に真実味を持たせている。


「攻撃か……」

『あれれ、ボク、おかしなこと言ったかな?」


 言ってはいない。だが『攻撃』という言葉には違和感があった。普通なら『争ったりしない』などと言うのではないだろうか?


『攻撃する』は勝利に確信的な強者の発言だ。


 推定される幻獣の数は、結局は多いという事以上にはっきりとしなかったのだが、われわれが発見できていないだけで、幻獣はやはり有声言語族をたやすく滅ぼせるくらいの数がいると想定しても良いのだろう。


 数の想像がつけば、必然的に種類へと想像が飛躍する。


「ルーシーは普通の幻獣なのだろうか?」


 かつての私は彼にそんな疑問をぶつけたこともある。


『はは。人はみんな幻獣に目をまるくするのに、普通っておかしいね。そんなことを聞いてきたのはユリスが初めてだよ。だからね、ボクにもどう答えていいのか分からないや。でも多分、秘密のほうがいいんだよね』


 ここでも普通。普通じゃないものたちが言う普通……。


 当時、関係をこじらせたくなかった私は、これ以上詳しく知ろうとしなかった。今なら聞くまでもなく明瞭めいりょうなことだ。秘密のほうがいいということは、例外条件を満たしている幻獣はいるということだ。その最たる例も目の前にいる。


 なか強引ごういんに私との関係をつくったハジュは、大大典の拘束こうそくから逃れた異常な幻獣だ。人にとって、幻獣はすべからく異常であるのだが、コヤツは幻獣の中でも特に異質な存在だと推測できる。叩き出してしかるべきだ。


 ――となるのが私の悪い癖なのだろう。冷静になれば、異常であることは私も同じだ。心底胸糞が悪いのだが、異常と異常が噛み合ったのだと気がつければ〝とある答え〟が自然に浮かびあがってくる。


 ハジュの正体だ。コヤツはハジュなどと名乗っているが、コヤツの正体は別にある。もっと〝由緒ゆいしょある個体名〟だ。私の頭の中には――頭の中にいる私の頭の中という、もはやふざけているとしか思えない中枢機関には――すでに候補が2つある。


 ハジュは痛ましげにベッドのふちのほうを見つめているが、そんな雰囲気にだまされてはならない。普通の幻獣は人と接触コンタクトさえ取りたがらないという信憑性しんぴょうせいの高い仮説に反してしまう。


 私が感じていた予感も間違いではなかったのだ。ハジュから漂ってくる〝死臭〟は本物だ。


 交渉の場を継続するためにも、私はハジュの正体をゆっくりと引きずり出すことにした。


 からめとってから自主退場をうながす。きびしい交渉には違いないが……。


「どうやってこの空間を作った。そこに並んでいる武器は私のものではないのか?」


 ハジュは機敏に姿勢を変化させた。


そなえあればいなしです!』


 ハジュは寝台ベッドうえち、偉そうに腕組みした。こちらの感情を知るよりも、自分語じぶんがたりを好む傾向だ。胸糞むなくそが悪くなる。話しているだけでコチラの質まで下げてくるタイプだ。


「それはそなえとは言わん。窃盗せっとうだ。罪がお前と共にある」

『全然使ってないんだからイイじゃないですか』


 あわれな姿になったレジェンドたちに、ハジュは「ふふっ」と笑みを送っていた。


 このさい武器などくれてやってもいいのだが、ハジュは必ずここからたたす。私は慎重に会話を進めた。


「答えろ。どうやってここについた」

『お、教えません。教えられません』 


 大大典に関連することか……。これは私も触れないほうが良さそうだ。


「もしコッタに手を出してみろ。再び首をばして、灼熱しゃくねつの火口に叩き落としてやる」

『馬鹿じゃないですか。そうやってすぐにレベルにものを言わせて。自分が強いからといって、なんでも思い通りなると考えるのはおろかなことですよ?』


 ました表情でそっぽを向いたハジュを見れば、にじみ出てきた本性ほんしょうを感じることができる。結局いつも余裕に満ちた態度に戻ることができるのは、この粘着ねんちゃくせいの高い特殊能力に依拠いきょした自信を隠し持っていたからだ。


 今から思えば、コイツからはいつも私を見下みくだすような視線を感じていた。私は特に気にしなかった。なんの感情も向けていない相手から、どのように思われようと私はかまいはしなかった。


 だが今ははっきりと分かる。私をけなしていたわけでもない。


 単純に〝負けず嫌い〟なのだろう? 勝利を欲している。


 幻獣は――少なくともハジュは、まだ情報の重要性を理解していない。


 幻獣に共通する愚昧ぐまいな性質なのだろう――と言ったらルーシーは怒るだろうか? 


 喋れば喋るほどボロが出る。語りながら正体や真実を隠せるほど、ルーシーやハジュは器用ではない。


「私をあおるなら言葉を選べ。お前は私のような人間を前提ぜんていしなければコチラの世界に用がない幻獣なのだろう? 幻獣は基本的に人と相容あいいれない。だが連中の中には特定の、例えば奇抜きばつな人間にこだわるやつらがごくまれに存在する……」

『…………』


 それはある意味、人であることより、人の性質に固執するような幻獣だ。この手の幻獣についての古文書が、世界には極わずか残っている。冒険者である私は、ときに興味深いものにも触れてきた。


竜巫女りゅうみこりゅうや、陰陽師おんみょうじくみするしきかみ、あるいは侏儒こびとタイプの妖精にはそんなやつらが多い。特定とくていしゅかみ――――」

『…………』

「例えば〝いくさ女神めがみ〟などもその系譜けいふにあたる」


 沈黙が正答へ近づいていることを示している。けれども沈黙されたままだと確証を得るまでの労力が増えそうだ。


 私は一度だけ間違えてやる仮初かりそめの優しさを見せてやることにした。これは私の直感でしかないのだが、ハジュはおそらく〝この名前〟に反発するのではなかろうか?


「私は間違ったことは言ってないはずだ。そうだろう? ヴァルキュリア?」


 ハジュの気配に火がついた。殺気だ。地面に反射して私の元にまで届いている。


『わたしをあんな〝あとしの小物こもの〟と一緒にしないでください……』


 その口ぶりからすと、殺気の対象は私ではないのだろうが、もはや尻尾しっぽを出したに等しい言動はけているとしか言いようがない。最後まで自ら名乗なのげようとしない態度は私からすると不快だ。


「もう充分じゅうぶんだ。お前の正体はサモトーケだな?」

『…………』


 的中すると黙り込む。私に対する警戒心を残しているのだろう。頭を吹き飛ばされていただけのことはある。多少は慎重なんだ。


 ニーケ・サモトーケ。


 この星の歴史上、ニーケはいくさ女神めがみとして最初に出現した幻獣だ。呼吸いきえな古ぼけた記録でしか現在にその存在を語り継がれていない、忘れ去られた双璧そうへき一枚いちまい


 めいの高いヴァルキュリアとは異なり、活躍した時期も場所も限定的げんていてきである。しかも最後には人間界でのたたかいにおいて、首から上を飛ばされて敗北している、そんな伝承も途切れ途切れであるが発見されている。


 いくさ女神めがみの敗北。勝利の象徴しょうちょうにしてはおかしな話だが、石像と化していた事、また首から上がなかった事、そしていま現在げんざいの意欲、感心、態度などから、古人たちのうわさは真実と見なしていい。


 ほまたか両翼りょうよくを再生できなかったのは人々からの信仰しんこうを失ったせいか?  幼女の姿にまですたれているのは悪夢のような冗談じょうだんだ。


「何か言ったらどうなんだ? いくさの女神よ。ハジュはいつわりの名前だな?」

『ッ。どうせ最初から気が付いていたんでしょう!?』


 自意識じいしき過剰かじょうなやつだ。気に食わん。お前のことなど最初から気にかけていなかった。私のいんきょせいかつはまず孤独こどく。あとは幼女に見惚みとれていただけだ。 


 ぐせが生み出した承認しょうにん欲求よっきゅうが、そんな考え方を引き連れてくるのか? 


 不敗神話の上を生きてきた私からすれば不快でしかないわけだ……。

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