第39話 ハジュのお部屋

 得体えたいの知れない仕組みだが、そこに意識を集中するとせまい通路をけた風のようなものも感じられる。異国から吹いてきたような風だ。これもまたハジュの仕業しわざであろう。〝風通し〟を良くしているかのようだ。


 コッタといるときに邪魔者じゃまものとして現世げんせいに表れなかった点は評価できるのだが、隠れておくタイミングを心得こころえているそのやり口がどこか忌々いまいましい。


 追い出しておくべきだ。


 コッタが側にいる今、ハジュは近くに置いていい存在ではない。あいつには死神しにがみ系統けいとうのモンスターが持つ不穏ふおんな気配と似た空気がある。迫り来る不幸の波とでもいおうか。放置は悪手となりそうな予感が肌にグズリとまとわりつく。

 

 私は目をつむると、瞳を閉ざすことで得られる暗闇を利用して、自身の体の全体をイメージとして作り上げた。そしてその架空の体を使って頭の中にある違和感の部分に手をかざしてみた。

 

 あくまでイメージであるから現実的な感触かんしょくはない。けれどもその〝でっぱり″とイメージ上の私の手が接触すると同時にして瞬時に――――私は現世に対する感覚の閉鎖へいさを喰らった。頭から麻袋あさぶくろでも被せられたかのようで、四方しほうに対する感覚が消失する。


 気が付いたときには、目蓋まぶたを閉じても開けても変化しない、別種の暗闇の中に私は立っていた。


 意識が飛ばされたのか。別世界なのか……。〝ここ〟は昼間、ハジュと合間見えた場所と同じに見える。手足の感覚は、もはや先のほどのイメージとは異なり、完全に自意識のもとにあった。別世界へ移動した、と感得かんとくするのが適切だと思える……。


 真相は不明だ。


 湿疹は幻獣の特殊能力と推察される。いわゆる〝転移の技法〟に近い技だ。そう考えるのが普通だと思うのだが、もしかしたら私は出入り口らしき場所を無理やり通過してきたのかもしれない。


 私の肉体感覚は常人なばれしている。普通の人ならば気が付けない温度や痛みや風の流れ、重たいものをもったときに使われている筋肉の量、そういった細かい変化に気がつくことができる。頭の中の湿疹しっしんは、凡人ぼんじんなら気がつけないものであった可能性は高い。


 ここが簡単に辿りついてはいけない場所である気配から、私はそのように考えた。


 あまりに周囲が暗いので、私は自分の斜め後ろに魔法で小さな光球こうきゅうを作り出した。拡散した光が左のほうから弱く反射される。

  

――ハジュのお部屋――


 ふざけてるのか? 


 魔法で作った光が、意味不明の立札たてふだを照らし出していた。


 光が照らし出したものは立札たてふだだけではない。そのハジュのお部屋と呼ぶべき場所に通じそうな両開きの扉も姿を現していた。


 いつの間にこんなものを作ったんだ? これが湿疹の原因なのか……。


 いや、この際湿疹の原因などどうでもいいことだ。立て札に書いてあることが正しければ、大元の原因が〝奥〟にいることになる。

 

 扉はてつわくいためて作られたものだ。無骨ぶこつである。豪邸の裏口に採用される様式のものと似ていた。


 私は扉のほうに進んだ。れたときに弾き返してくる魔法が掛けられているような気配はない。私は勢いをつけて扉の中心を雑に蹴飛けとばした。


 ガゥン! と。


 相当な音が反響したのだが、扉は予想以上に頑丈がんじょう粉砕ふんさいにはいたらず、私の苛立いらだちは中途半端にしか発散できなかった。


 私は扉の内側に踏み込んだ。


 それなりに優雅ゆうがな広さをもつ一人部屋だ。8メートル四方くらいはあるだろうか。いかめしい扉とは対照的に、部屋の中はほとんどが白やピンクであった。ファンシーな雰囲気をもつ調度品ちょうどひんしつらえてある。


『な、なんですかッ!?』


 ハジュは天蓋てんがいつきのベッドにうつ伏せになり本を読んでいた。何を勘違いしているのか。コヤツは悲鳴と共に姿勢を変えて、今にも乱暴されそうな女のように、シーツをたくしあげた。


 まずは放っておく。私は引き続き部屋の中をめつけまわした。

 

 家具はすべてどこかにエレガンスな曲線美をもっている。ソファはその歪曲わいきょくからクッション性の高さを連想させてくる。チェストやクローゼットなどは、収納性能よりも見た目重視だ。全体が奇妙きみょうに小さく、流線型りゅうせんけい彫刻ちょうこくと、諸所にわたる透き通った石片せきへんの象嵌がある。地面のふわついた白い絨毯じゅうたんは、踏み込むと足跡あしあとが出来そうなくらい丸みをおびている。


 フリンジやタッセルなど乙女チックな装飾も多かった。〝魔道具まどうぐ〟によるトラップの気配はない。


 そんな室内の左方の壁面へきめんだけは私がよく知っているものが並んでいた。


 クラウス・ソラス。エクスカバリエ。デュランDL。ほうてんりゅうひゃくつかの剣……。どれも私が苦労してダンジョンの奥地から持ち帰ったS級の武器だ。神話を宿す一級品いっきゅうひんである。


 これらの武器は、確かに装備者の意志に答えることがあるのだが、私の不意をつくような形式では機能しない。


 むしろそれらの武器は惨劇の中にあった。少女趣味の部屋の風景にべっとりと馴染なじまされてる。ピンクのビロード質の壁掛かべかけ布などで作られた展示スペースの中におさまり、さやカードは――どこから拾ってきたかは知らないが――透明な宝石による陳腐ちんぷなデコレーションを受けている。高級なクリーム菓子のようになっていて、かつての威光いこうは根底から骨抜きにされているかのようだ。


 コヤツは特殊性癖とくしゅせいくせ盗人ぬすっとか? 


 ハジュの奇妙な声音が私の元に届いた。空間の特殊性だろう。


『どうやってここに来たんですかッ!』

 

 まるでこちらが非常識な人間であるかのようなくちぶりだ。プレート・メイルをつけたままベッドに寝転んでいるハジュのほうが相当イカレているし、言いたい事は山ほどあるのだが、私は寸劇すんげきをしにここまで来たわけではない。


 早急にハジュを排除する。2時間後にコッタは風呂からあがるのだ。湯上ゆあがりの姿を見逃すわけにはいかない。

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