第36話 街路と店と ④

 店の中央付近にある長いテーブルでは、バンダナをあたまいた筋肉質な男たちが食事を進めている。石積み職人かなにかだろう。彼らだけではない。みながグループに適したサイズのテーブルについている。


 先の商業区から流れて来た商人しょうにん風情ふぜいの者たちや、市井しせい巡回じゅんかいをになっている兵士たち。キャラバンの隊員と思しき男たちや、それに順行する肌面積の少ない服を着ている女たち。オゥドゥきょう結社けっしゃの司祭。貧弱貴族の息子と思しき男と、小奇麗こぎれいに着飾ったその恋人。杖や剣を荷物にしているは冒険者だろう。


 多くの席のほとんどがまっている。多すぎると言ってもいい人数がテーブルに身を寄せ合い、いかにしてがるかを念頭において食事を進めているかのようにも見える。


 周囲の者たちの実際の心情など知れるわけもないのだが、こんな風景は、どのようにでも解釈できる余地が残されているものだ。大衆たいしゅうへの迎合げいごううながすマインド・コントロールになっているとしても、コッタが遠慮なしに食ってくれるなら私はその方法を選ぶ。


 釣られたコッタが食事している人々をながめている間に、私は忙しそうにホールを動き回っていた給仕ウェイトレスを呼び止めて、メニューを持ってこさせた。革の装丁そうていで作られた薄い冊子さっしをコッタに持たせることは、もはやそこまで難しいことではなかった。


「これ」

 

 指でして注文を出したコッタに、メイド姿の店員はニコリと答えた。


「オクトパス・レッグズの串焼くしやきですね」


 ゲテモノじみた見た目だが、そいつの味は悪くない。私は事前の注意を出さないことにした。


 昔はなかったメニューだ。この街から海は遠い。くさらせずに取り寄せるには工夫がいる。氷の魔術師まじゅつしが努力したのか、氷のどうか、それとも低温を維持する新たな発明品が普及ふきゅうしたのかは謎である。私が隠居いんきょ生活せいかつをしていた間の世界の進歩は――ごく小さいものかもしれないが――まったく発生しなかったと考えてはならないのだろう。


 8本の串が新たに届いてもコッタの表情に変化はなかった。食事は普通に再開されて、彼女の食事の時間が少しだけ引き延ばされた。コッタが1本ずつ頬張って、付け合せも綺麗きれいに片付くと、私は再び以前と同じ問題に直面した。


 こんなに食べさせても大丈夫なのだろうか? 幼女の胃袋が無限大でないことくらい私でも知っている。


「まだ食べられそうか?」

「ううん」


 コッタの返答には、まだ遠慮という虚偽きょぎがまざっているかもしれない。だが彼女をじっくり観察してみても結局よくわからない。


 私が適当に注文を出してテーブルに料理を並べてみるのも手段ではあるのだが、今回の昼食はここで止めることにした。ちょっとずつ様子を見ながら、それとなく量を増やしていく方針をとろうと思う。二人前食って行き倒れるとは思いたくない。みずから好きなだけの分量を注文するのが最も良いのだが、それは今後の目標として、まずは自然な進行を心がけよう。フレンドリーな気分でいるのは、まだ私だけなのかもしれない。


 テーブルのすみには、1千リリングを代替的だいたいてきに表す中指くらいの算木さんぎが三本おいてある。給仕が残していったこの店の伝票だ。私はその木片もくへんまとめて回収し、コッタを連れて店の中央にある会計へと向かった。


 3千リリングの支払い。


 外に出るとコッタが私のズボンのすそをちょいちょいと引っ張った。


「ルークは富豪ふごう?」


 やはり私の財布さいふを心配していたのだろうか?


「まあまあと言ったところだ。食べ物くらい好きに食べて暮していけるよ」

「ふーん」


 この実に不透明な『ふーん』という返答は、もはやコッタの口癖くちぐせのひとつと言っていいだろう。彼女が何を考えているのかを曖昧あいまいでミステリアスなものにしている。


 もう一言。なにか言葉がほしくなるところだが、ロリコン秘密協定の第一だいいち原則げんそくしたがおう。『なんじ、幼女に不自然を求めるな』だ。


 ただし彼女には注意が必要だろう。昨日の今日でこのような遠い街にまで来たのがコッタだ。落ち着いて見えるのは気のせいで、彼女の心はめまぐるい変化の中でまだ四苦八苦しくはっくしているかもしれない。


 私はコッタを連れて中央広場に向かい、そこのベンチで休憩きゅうけいすることにした。

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