第34話 街路と店と ②

 店の中をひととおり見て回ったが、私たちが求める巨大な鞄は少ししかなかった。金髪のメイドから聞されていたし、自分でもなっとくしていたことであったのだが、いざ直面すると落胆らくたんを隠せなかった。


 面長おもなが女性じょせい店主てんしゅに在庫状況を尋ねてみたが、おもてに出ているモノですべてだと言われた。別の店に行ってもしなぞろえは改善しないという周辺事情も教えてもらった。


 私とて常識はわきまえている。コッタのためにすぐに豊富な種類を用意するように依頼しては、今後の進行が多方面から崩壊する。常識にもとづいて、物品は普通に既製品を購入すべきだ。今の世界でオーダーメイドはランクが高い。 

 

 展示されていた巨大な鞄は、黒色と、茶色と、こげ茶色であった。大きさはほぼ同じ。地味な色の変化しかないものの、私はこの三色の中からコッタに選んでもらうことにした。


「コッタはどの色がいいとかあるだろうか?」


 ほえっとした感じて開いていた口を結んだコッタは、息を呑んでから私のほうを見上げた。


「コッタの四角しかく?」

「ああ。鞄っていうんだ。手荷物などをまとめて入れておこうと思う」

「コッタ、買い物とははつ遭遇そうぐう


 多分、初体験と言いたいのだと思う。気にするほどのことではない。


「これから機会は増えると思うよ」

「ふーん」


 コッタは三つの鞄を順番に見つめた。それぞれでちょっと考えているようだ。


困難こんなん選択せんたく。ルークの決断は?」

「ふむ。深い意図はないのだが……」

「じゃあこれ」


 シュピッとすぐに――コッタはこげ茶色の鞄を指差ゆびさした。戸惑とまどいから決断までの変遷へんせんがあまりにスムーズで、本当に『困難な選択』のような障壁しょうへきが存在したのか、とうたがいたくなる。


 結局はかばんがつまらん変化しかもっていないからだ――と考えたくなる。そんな私の胸中きょうちゅうで働いているのは常識的なロジックだ。


 このようなときは注意しなければならない。疑うことや常識に従うだけでは本質の光に到達できない。悪しきロリコン特有の傾斜的けいしゃてきなモノの見方で、幼女やその周辺の世界を見てもならない。これらはロリコン秘密ひみつ協定きょうていに含まれる。


 この協定を守り、みずからに内在ないざいする暗い価値観を捨て去ったときには、もっと明るい幼女の真実に触れるさえできるのだ。


 つまりここにおいては……、コッタの熟考はあの短い時間じかんの中であっても確かに成立していたと認めて、スムースな理解を展開する……。


 私には想像そうぞうできない精神世界が確かに存在して、その中でコッタは迷って、悩んで、それでもけ抜けて、そうして決定の瞬間が訪れた……。


 この仮定を基礎として、こそばゆくなる感情を乗り越えていかなければならない。きつくめて取りかかるべきとろだ。


 コッタの足を引っ張る者の条件を私が満たす場合について、私はもっと危機感を抱くべきだ。


 彼女は鞄の購入を楽しんだ。この尺度しゃくどでコッタをとらなおして、なおかつコッタのスピードにまどわされずに返答しなければならない。


 ここまでくれば難しい話ではない。幼女の世界のテンポに合わせかのごとく、そっと背中を押す感じでいいはずだ。


「イかした選択だ。私もそれがいいと思っていたよ」

「うん。コッタもそう思う」


 コッタの表情に変化はないが、瞳の奥はキュピーンと輝いていた。


 いや――いたのだろうか? よくわからない……。


 抑揚のなく静かに言葉を発するコッタであるから、私の確信はすぐに不明瞭なものへとずれていく。


 けれどもコッタはしばし鞄を見上げていた。


 このときをもって私はライチをかじったようなキレのある喜びを感じることができた。まずまずな買い物だったのではないだろうか?


 店主に代金を支払ってから、私たちは中央広場のほうへと折り返した。コッタが鞄を持とうとしたが、それは私がひょいと拾い上げた。自分で出来できる事はやらせたほうがいいのだろうが、無理なことは無理である。鞄はそれこそコッタ一人ひとりを連れ去さることができるくらいの大きさだ。ぼちぼち重いし、彼女だと引きずってしまう。


 太陽光の下を歩くコッタは、陽だまりの妖精のように軽やになった。フラつきが減って、今は足腰あしこしの強さをそれとなく感じることができる。深靴ブーツにも街にも少し馴染なじんだのかもしれない。

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