第33話 街路と店と ①

 四角しかくいテーブルのすみには、誰も話題として触れようとしないふくろがある。その白い生地は綿めんでつくられているように見える。チェス盤くらいの大きさだ。


 中には以前のコッタが身に付けていたものが入っているのだろう。袋は二枚あって、その内の一方には小さな凹凸おうとつがあった。以前のコッタがいていたサンダルによって作られたものだと推測できる。


 しゅを入れることができない今は、蚊帳かやの外に置くしかない。かばんの中にしまうことで過去や親子の問題が解決されるはずもないのだが、私はさっさと買い物に行きたい気分になっていた。物は決められた位置に置いたほうが精神的にも整う。今はまだこういった理屈に頼るべきときなのだと思う。


 ただ私の一存いちぞんだけでコッタを買物に連れ出すことはできない。


 出来事の連続でコッタはすでに疲れてるかもしれない。身支度みじたく些細ささいな行動と言えるだろうが、知識の吸収をともう活動であったはずであり、彼女は草臥くたびれているかもしれない。


 見た目はフルにチャージされているのだが……。


 いやいや……。偏見はよくない。心の疲労はまったくの別物べつもので、やはりきちんと尋ねるべきだ。


「コッタは疲れてはいないだろうか?」

「コッタは平常へーじょー


 つまりは〝まだ元気だ〟という解釈でいいのだろうか? 


 なにか腹に一物いちもつがありそうな半分目蓋はんぶんまぶたは、今や造形ぞうけい美術びじゅつの領域において完成している。それゆえ私は、なにかを希求ききゅうされているように見えて仕方がないのだが、これは気のせいなのだろうか?


 金髪のメイドが、屈託くったくのないキャピっとした感じで「一緒いっしょにお買物だね?」とコッタに尋ねると、彼女は「うん」と真面目に答えていた。こちらは幸運をささやき合う女子たちの交流のように見える。


 私のせっかたが良くないのだろうか? もっと〝それらしい〟幼女向けの対応をしたほうが良いのだろうか? 私は格好かっこうをつけくさった自分の姿を幼女に見せたいわけではない。共に歩む者でいたいのだ。最強である私は他人の所作くらいなら簡単に真似まねることができる。


 私は金髪のメイドを見習ってみた。


「じゃあコッタちゃん、行こうか?」

「……」


 コッタはバチリとコチラを見返して固まった。それだけでなく、彼女の足元から頭の頂点まで順番に鳥肌がつたっていったような……。


「ちゃんは冗長じょうちょうかも」

「そ、そうみたいだな……」

 

 是正ぜせいの要求にもとづき、私は第二だいに人格じんかく模索もさくを中止した。


「では向かうとしよう」

「うん」


 私たちは外出にむけて動き出した。


 昼食の時間が近づいていたので、メイドからホテルのレストランを利用した食事をすすめられたが「出先でさきですますよ」と返しておいた。メイドにも休憩が必要であろうから、私たちは夕食まで街をぶらつくので、それまでは自由にしていいと追加で伝えた。


 私はコッタを連れて宿のエントランスをくぐった。すぐ目の前は宿場しゅくば区画くかくの大通りだ。まぶしい昼中ひるまの太陽が石畳いしだたみを照らしている。ほとんどの建物たてものが総二階の建物のように、基礎からそのまま階層を積み重ねた形になっている。ここはメイン・ストリートに近く4階建てが多い。


 外壁のほとんどは明るい有色ゆうしょくのレンガで積み上げられている。黄色や白や暖色だんしょくけい。それぞれの建物が大きく広げた壁面へきめんは、材料の質感しつかんによって統一性とういつせいをたぐりよせて、華々しくさかえた景観を完成させている。


 アクセントは街路樹がいろじゅがもつみどりっぱと、その根元の近くにだけ露出した茶色い土の大地だろうか。涼しげな影の下いるコッタは、いまはもうカラフルなまち幼女ようじょになっている。


探検たんけん?」

「そうとも言うかもしれないな。買い物と、昼ご飯を食べに行こうと思うんだが、先にどちらに行きたいとかあるだろうか?」

「どっちでも


 気の毒に感じられるくらいの仰角ぎょうかくをつくって、コッタはコチラを見上げていた。


 196センチと――わりと常人ばなれしたたけをもつ私でも、あと10センチくらい余分よぶんに身長がほしくなる。


 加虐かぎゃくしんに他ならないのだが、それくらいコチラを見上げるコッタは可愛らしい。もっと見上げてほしくなる。


 私とて目元をくずして無償むしょうに撫でくりまわして〝可愛い〟と言いたい。それが多くの場合において不必要で間違いでしかないのだから、私はニコニコとするだけにしておいた。


「あっちに行こう。メインス・トリートのほうだ」

「めいんすとりーと?」


 私は街の説明をいくらかコッタに伝えながら、宿場区画の大通りを抜けて、メイン・ストリートに出た。メイン・ストリートから中央広場を経由けいゆすると商業区画に辿たどける。


 この街に到着した直後の私たちは、ときどき通行人からしろで見られていたのだが、今は誰からも差別されていない。すれ違う人は日常の顔付きで、以前の身なりからでは考えられないくらい近くをしていく人もいる。


 彼らはボレロやマント。チェニックやズボン。深靴ブーツや幅の広い革のベルトを身に付けている。世界的にみれば平均的な服装ふくそうだ。爪先つまさきのとんがった革靴かわぐつなんかをいている人間は、この街でもちょっと古臭ふるくさくあるのだが、もしかしたらそれをトレード・マークとして利用しているのかもしれない。


 商業区には様々な店がそろっていて、そのほとんど上階じょうかいだけを店舗てんぽ面積めんせきとして利用している。この街にはまだ百貨店デパートの文化が届いていないようだ。そういったものは商権しょうけんを守るために治世者ちせいしゃ組合ギルド連携れんけいして締め出しているのかもしれない。品物しなもの分類ジャンルごとに店舗てんぽは分かれている。


 服に野菜に、パンににく青果せいかに武器、古書に油……、商業区画の中は、商人しかきょを構えていないのだが、建ち並ぶ店の順番は雑然としている。路上にまでに展示用の棚を整えて、クッキーのかたぬきや、小皿、ドライフラワーなど販売している箇所かしょもあれば、すべての商品を室内に引っ込めている店構えのところもある。


 コッタは途中から私のズボンの端っこをつまんで――というのも彼女からしたら握っているのだが――クルクルとあたりを見渡していた。


 私は緊張して手をつなぎそびれて、結果としての紳士的対応となっていたのだが、コッタにとって〝ここ〟が怖い場所になっていないか心配になった。


 だが今の時代、街中を大人と歩くことは幼女とて習得しておくべきことだ。


「平気だろうか?」

「なにが?」

「こう……歩くのとか? 緊張していないだろうか?」

「うん」


 コッタの視界はすぐに町のほうに戻ったのだが、その小さな手は私のズボンについたままだった。これが今の彼女のやりかたなのだろうか? 彼女の身長からしたら、真横にあるズボンの位置のほうが、私の手よりもつかみやすくはありそうだ。


 私は身長を自在に操れる魔法がほしくなったりもしたが、いくつもの自説を何度も組み変えているうちに、自分は自分のままで良い、という気がしてきた。そして〝子供から教えられることは多い〟という教育学の金字塔きんじとうのような説法せっぽうは、ロリから生まれたのではないかとかんぐりたくなった。


 私が注意してそっとみぎひだりに体をずらすと、コッタと通行人との衝突しょうとつひそかにけることができた。コッタに向けて穏やかな笑みを落としてくれる大人もたくさんいて、私たちは難なくかばんを売る店舗に到着できた。

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