第32話 お着替えは終了しております ③

 さきの一言によって、ようやく聞くに聞けない私の単純な心情がこの場に溶け出したようだ。黒髪のメイドは薄くであるが、コッタとどのように過ごしたを説明した。

 

「時間も充分じゅうぶんにございましたので、コッタ様にはこの室内にあるものについては人並ひとなみにご理解していただきました」


 ブドウの皮をいていたのもその一環なのかもしれない。客が好きに食べて良いものだ。


 私はさきほどから隣で静かに座っているコッタを見た。結局はコッタの身にまつわる問題であるから、少しだけでも感想を聞いておきたい。曖昧あいまいでもいいので、なにか言ってもらえないだろうか。


 隣に座っているクールな目蓋の持ち主に、私は素直な心で聞いてみた。


「なにか感想みたいなものはないだろうか?」

「トイレが無限」


 少しだけ確信めいた返事が返ってきた気がする。焦点しょうてんがトイレであることも、自然な気がする。ザブンと流れる派手な演出や吸い込まれてどこかに消えていく水の不思議が、幼女の好奇心に共鳴したのだとしたらそれは納得のいく情景だ。私は安心して軽く笑った。


「そうだろう。今日日きょうびの魔法のほうがよっぽど理解しやすい。たまをバルブについないで開閉かいへいをコントロールするあの機構きこうは天才の発明だ」

「ふーん」


 コッタはこちらをマジマジと見つめて返事をしていた。先の感想から感じられた興味などからっきしのようである。今一いまいちわかりづらい印象は、もうずっと付いて回るものなのだろうか?


 コッタは人と人とが会話をしているときは、沈黙ちんもくを守り耳をかたむける常識的な素養があると思っていい。尋ねたことにもきちんと答える。これらは前向きな要素だと考えられる。けれども終始しゅうし稀薄きはくなコッタの表情は、私の中に寂寞せきばくとした感情を生み出し続ける。


 これは私自身の問題なのだろか? 


 いつか笑顔なるもの取り戻せたらと、したたかに感じ続けることになる。そのために出来できることを探したい気持ちがわいてくる。そんな私などコッタにとってはありがた迷惑な話となるのだろうか?


 もとからクールな性格かもしれず、この点については公算こうさんの高い結論だと思いたいのだが、そうとも言い切れない姿もみえて、言葉少ことばずくなにかたるコッタがもう少し積極的に話しさえすれば、もっとさまざまな側面から彼女を理解できそうなのだが、これは私の欲望にほかならないわけで、こういった問題は時間をかけて解決していくしかないのだろうか?


〝ないのだろうか〟ではないな……。私はグダグダ考えずにそうすべきだ。笑顔を求める焦燥感しょうそうかんは私のためのはやる気持ちに違いない。笑顔を生み出そうとする努力は正しいが、笑顔を受け取ろうする欲望は間違いだ。


 私とコッタの会話がしぼんでしまったことを感じとったかのようなタイミングで、金髪のメイドも私が暗に求めていた説明を始めてくれた。


「お着替きがえのほうは大丈夫そうですよ。髪のほうはどうしようかなって思って、毛先けさきのほうだけちょっとそろえて、一旦いったんセットしてみましたけど、なにかおこのみはありますか? あるかな?」


 金髪のメイドははさみのように動かす指先を私とコッタに見せた。もっと大胆だいたんにカットすることもできる、ということだろう。


 選択権せんたくけんが私にあるわけがない。


「なにかあるだろうか?」

「コッタの流儀りゅうぎ皆無かいむ


 だとしたら私の答えは決まっている。幼女はツインテールが至高しこうだ。まったく個人的な感想であるし、異論はいくらでも認めよう。所詮しょせん、私はロリコンれき数年すうねんのにわかだ。が、今は私の進言が許されている。


「ふむ。ではこのままで良いのではないだろうか?」

「うん」

 

 コッタの態度には独立性どくりつせいが損なわれた流動りゅうどう気質きしつが含まれているのだが、今から髪型の決定にまで気位きぐらいを持ち込む必要はないだろう。私はそう結論付けつろんづける。髪型もそうなのだが、コッタが見た目などに美意識を向けるのは、もう少し年齢を重ねたあとのことだろう。現状においては、彼女の世界観が成長とともに広がりはじめるときを待てばいいはずだ。


 トイレが無限。今日のところはそんな感じで。


 金髪のメイドは、コッタがツインテールを習得しゅうとくするにはもう少し練習がいると教えてくれた。加えてコッタが一人で再現するには2週間くらい練習が必要になると見通しを付けてくれた――金髪のメイドは私にもツイン・テールの結い方を伝授すると言ったのだが、それはコッタの自立という名目の上で断った。


 二人のメイドは完璧な仕事をこなし続けている。私は感謝の心を忘れてはならないだろう。メイドたち二人は、私の目の届かないところでおさないコッタの世話をしていたのだ。手を抜こうと思えばいつでも出来たのにもかかわらず、手厚てあつくコッタをもてなしてくれた。今の輝いているコッタを見ると、私は自然とそのように思えた。

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