第28話 ハジュ。幻獣の妖女 ①

 とりあえずコッタに風呂を覚えてもらって……着替えさせて……。それからコッタをどうするのか……。


 次は鞄を一緒に買いに行くのだが、そういったのんびりとした予定とは別に、私はもっと大きな時流のなかで真剣に考えねばならない事がある。第二の指針とでも言うべきか。コッタのために、私はもっと先の未来を見据みすえた予定も組む必要がある。


 すぐに思い当たるのが〝魚の取り方〟を伝えることだ。コッタが自活できるようになれば、たとえ貧しい両親の元に帰っても再び捨てられることはない。


 知り合いの職人を頼って、コッタに職業的な訓練を受けてもらう。これが方法のひとつだろう。私は冒険者でしかない。私はたたかうことしかのうがない。さきのようなオウレも、規律ある時計の内部機構も、私には再現できないことだ。


 では仮にコッタをどこぞの職人の下働きに出していいのかと考えると疑問が浮かぶ。血筋のないところでの若年者の労働は過酷だ。私はコッタにつらい思いをさせたくない。 


 だとすると、私のコネクションを使った知人への紹介ということになるのだが、はたして……。急造した人間関係は機能しないこともあることもある。私の後ろ盾があるにしても余所者よそもの陰湿いんしつむしばむ者はいくら存在するし、そのための方法ならもっとある。


 それを乗り越えるには自らの意志が必要になる。自らの意志。つまりコッタの意志だ。


 けれどもここにも障害がひとつある。


 両親から捨てられたばかりなのに、いきなり『さあ、なにかやりたいことを探せ』というのは慈悲のない宣告せんこくだ。性急するぎる。悲しいときは悲しいでいい。コッタは今なお心の傷に苦しんでいるまっ只中ただなかなのかもしれず、私はその可能性を考察の範囲から簡単に除外する気になれなかった。


 だが今も発展をつづける世界から、取り残されるような形でコッタを成長させるのも間違いだ。技術の発展は日進月歩。研鑽や習得の手を止めることは出来づらい状況だ。そのうえ人には競争原理も働いている。わざや知識を知らないままにコッタを成長させて世間に帰せば、彼女は未熟な自分というものに苦しむことになる。これは大きな間違いだ。


 いたわりの口車くちぐるまという名のギアが求められている。傷ついている幼女に、これ以上の傷を与えないようなコミュニケーションの場を作る必要がある。コッタは冒険者がいいとのたまっていたが、あれは幼い精神からくる反射的な意思表示だろう。多分コッタは、コッタ自身が求める生き様というものを、なんら理解していない。


 そういうものを探すことが、多分、今後のコッタに必要なことで、それを支えるのが私の進むべき道なのだろう。


 ゆっくり自分の考え方を吟味ぎんみして正否を確かめる。何度も何度も同じようなこと考えて点検をする。


 そうしているうちに時間がすぎて、金髪のメイドの姿が観葉植物の間から小さく見えた。彼女はちょっと遠い位置にいる。彼女の曲げたひじの部分に、ふくらんだとうかごがぶらさがっているのも同時に見えた。中にはコッタのための新しい服があるのだろう。


 メイドは買い物を終えて部屋に帰る途中なのだと思う。


 遅れて私に気がついたメイドは、ひざを小さく曲げてお辞儀じぎしてからコチラに歩み出しそうとした。私は彼女を止めるために、剽軽ひょうきんな笑みを作って親指おやゆびを立てた。


『先に客室に上がってくれ』


 ジェスチャーを理解したメイドは再びお辞儀をすると、遠距離にいた位置からそのまま上階のほうへと消えて行った。


 私はソファの背もたれに深く体重をあずけた。昨日から徹夜てつやだ。

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