第25話 40万リリングのメイド ③

 金髪のメイドは、若齢じゃくれいぼく丸太まるたのようなコッタのスリーサイズを服の上から三つともきちんと測った。その三つはどこを計測してもセンチ単位を下回る変化しかないように思われる。幼女は大人のような醜い凹凸とは無縁の存在だ。無駄をはぶいた最小限の美しさがある。


 計測はすぐには終わらず、足裏の長さや、計る必要があるのか疑問視される頭のサイズにまでいたり、そのメイドの手があしの長さをはかろうとコッタの股下に差しかかりそうになる直前で私は視線をそらした。


「あと、この子にトイレの使い方と、風呂の使いかを教えてもらいたい」


 この巨大な二つの障壁カーテン・ウォール――トイレと風呂だけは必ずメイドたちに取っ払ってもらう必要がある。他はどうにかなろうが、この二つは私を狂乱状態へと導くトラップだ。適切な仕事を求めるために、きっちりと伝えておいた。

 

うけたまわりました。でしたらご入浴後に御召おめえでよろしいでしょうか?」


 トイレのことをもう口に出さないのは、このメイドの配慮だろう。信頼を求める直線的な視線が、私から確認の手間を奪っていた。


「ああ。一緒いっしょに入って教えてくると心強い」

「かしこまりました。そちらの方はわたくしがお受けいたします」

「私は二、三時間ほどで出歩いてくるから、そのあいだに済ませておいてくれ」

「二、三じかん……ですか?」

「長いか? 女の風呂は長いものだろう? 着替えも済ませておいてもらいたい」

「いえ。ご理解いたしました。あくまで〝普通のご入浴〟――ということでよろしいのですね?」


 普通? 普通以外に何があるというのだ? 私は空想をるマスターベーション以外で幼女を汚す趣味は無い。


「ああ。もちろんだ。おかしな軟膏なんこうを塗り込んだりする必要はないし、血流を良好にするマッサージも必要ない。私は常識的な対応を望んでいるし、二人にはそれ以上にコッタに常識を教えてくれることを望んでいる。あえて言うなら、私はその常識が思いのほか貴重なものだということを、充分じゅうぶんすぎるくらいに理解している。私が大金をはたいてこの宿を選んだ理由がそれだ。私は常識に金を払った。そして私はょぅ――幼子おさなごについて常識がない。全体的にこの点を重々承知して働いてもらいたい」


 たたみ掛けるように伝えることになったのだが、要点は全部だ。なにひとつ取りこぼして欲しくない。敵意などはないので、私はなるべくゆっくりと落ち着いた口調で伝えようと努力したつもりであるのだが、早口になっていたかもしれない。


 コッタの実年齢は聞きそびれたままなのだが、長年の観測結果と照応するに、おそらく7歳くらいだという推測が立っている。7歳といえば、教えればなんでも身につけられる年齢であるはずだ。できればコッタには楽しくその過程を乗り越えてもらいたい。


 私は真剣な空気をくだいて、明るい調子でコッタに伝えた。


「コッタは今の話を聞いて何をするか分かっただろうか?」

「なんとなく把握はあく

「ああ。なんとなくで充分じゅうぶんだ。コッタはそっちのお姉さんに色々とこのホテルの設備の使い方を教えてもらといい」

「ルークは外出?」

「ああ。終わったころに帰ってくるよ」


 コッタはいつもの平坦な表情にみえる。彼女がクルリと首を回した視線の先には、黒髪のメイドがいた。黒髪のメイドは安らぎを与えうる優しげな笑みを返した。さっきまではどちらかと言うと厳しい印象であったのだが、ガラリと雰囲気が変わっている。


 これは金髪のメイドとは別種の魅力だ。ツンデレとでもいうのだろうか。ここぞとうときの一撃いちげきかのような笑顔だった。


 幼女であるコッタの場合はどうかというと、なんの変化もおとずれていなかった。けれども確認作業を終えたコッタは無言で私のほうを見上げていた。無言であるのだが、今や雄弁ゆうべんな沈黙のようにも見える。


〝こういうこと〟は言っておいたほうがいいのだろうか……。


 コッタがあまりに無表情で、不安というもの知らない冷静な賢者のような顔付きであるから、先んじて私の中に羞恥しゅうちしんがわいてくる。だが大切なことは伝えておくべきなのだろう。


 私は口を開いた。


「心配しなくても帰ってくるよ」

「うん」


 やはり余計な一言だったのかもしれない。思いのほかずっと力強い返事のように聞こえる。


 まあ……。……。たいして寂しがってはないようで、それについてはなによりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る