第24話 40万リリングのメイド ②

 それでも尾篭びろうな話から会話をスタートさせるのもどうかと思い、私は別件の常識的な依頼いらいからめていくことにした。


「とりあえす、この子の服が欲しいんだ。この街の平均的な娘くらいの服がいい。どう注文していいのか自分でも上手く言えないのだが、なんというか……とりあえず普通の街娘まちむすめくらいに着飾ってやって欲しいんだ」


「普通……」黒のメイドはひととき逡巡しゅんじゅんしたのちに「貴族向けではない……、ということでよろしいのでしょうか?」と問い返してきた。


「ああ。その通りだ。あくまで街娘まちむすめでいい」


 私からすれば街娘まちむすめまち幼女ようじょは異なる枠組わくぐみになるのだが、この二人からすれば同じであろう。庶民並みに、という私の依頼の意味は通じていそうだ。

 

 本当は服飾店ふくしょくてんまでコッタを連れて行ってもらたほうが様々な体験ができて有益ゆうえきであろうが、今の粗末そまつな服で街中を連れ回すのは忍びない。


採寸さいすんをして二着ほどそろえてきてもらいたい」


 とりあえずの二着。あとはコッタが自分でお気に入りを選ぶべきだろう。


 私の依頼が終わると、黒髪のメイドはぬのれと言っても遜色そんしょくないコッタの服装を上から下まで見つくした。


下着類したぎたるいを含んでということでよろしいのでしょうか?」


 流石さすが40万のメイドだ。コツなど教えるまでもなく私の心境しんきょうを理解している。


「ああ。〝それ〟も頼む。私たちはこの街の一般人いっぱんじん馴染なじみたい。そうだな……あと数日したらここを立つから、寝間ねまのほうも買ってきてもらいたい」


 黒髪のメイドは金髪のほうに向くと、黙ったまま指示を飛ばすようにうなずいた。


 髪のメイドは持参したお洒落しゃれな箱の正面についているフックを2箇所同時にパチンと弾いた。そのうわふたを開く。トレイが立体的に3段に展開し、女物らしい色合いが広がった。


 結局〝その箱は〟化粧道具だけに限られたものではなかったらしい。女性用の7つ道具も収められた箱といったところだろうか。


 金髪のメイドは箱の底のほうから巻尺まきじゃくを取り出すと立ち上がって、ソファの横にある何もないスペースに手を差し出した。


「それではお嬢様、こちらにおしいただけますか?」

「コッタは冒険者。お嬢様じゃない」


 さて、と……。コッタ殿……。


 出会ったときからチラ見えしているその冒険者に対する妙なこだわりには、一体いったい全体ぜんたいどの程度まで本気が練りこまれておいでなのだろうか? もし相当そうとう気概きがいがあるならば、そのは早めにんでおいたほうがいい気がするのだが、いま会議を始めてもややこしくなるわけで……。


 なんなら水洗便所と風呂を攻略しようとしている今が冒険の最中であるから、本人は気が付いてないかもしれないが、彼女の望みは満たされているわけで……。


 金髪のメイドがコッタにむけてスムーズに頭を下げていた。


「失礼いたしました。それではコッタ様。こちらにお越し下さい」


 金髪のメイドはへこたることなく、明るい導きのハンド・アップ。


 だがコッタは簡単に流されなかった。


「コッタ、〝さま〟みたいに偉くない」

「いいえ。当ホテルにお越しのお客様は〝様〟でございますよ?」


 金髪のメイドは清楚なみとともに首をかしげた。


 このまま放置したほうが面白いものが見れる確信があるのだが、コッタが嫌がっているかもしれない。私はコッタの流儀に従うことをメイドに求めた。


「いや。いいんだ。できるだけ友達みたいに接してくれないか?」


 金髪のメイドは私たちへの返事を保留して、目をパチクリとしばたき黒髪のメイドのほうを見た。


 黒髪のメイドは、私の顔色を思慮のもとで動く瞳で一瞥いちべつした。


 私は合意を示す首肯しゅこうを即座に返した。


 沈黙下で意志の交換が終わったあとに、黒髪は金髪のほうに向きなおって支援的に頷いた。この間、わずか数秒。できるメイドは余計な質問を持ち出さないものだ。


 金髪のメイドは、暗黙の最終決定を受け取ると、ロリコンをのぞく十代から二十代の青春男子をあますことなく魅了しうるような快活かいかつな笑みを浮かべて言葉を崩した。


「それじゃあ、コッタちゃん。両手を上げてくれる? こぉぉぉんな感じ」


 元気いっぱい。そんな躍動感やくどうかんをもって金髪のメイドは両手をまっすぐ上にあげた


「うん」


 ソファを降りて金髪のメイドのそばに寄ったコッタは素直に両手をあげた。けれどもコッタの半分目蓋の位置はゆるぎない。結果的に畑から引っこ抜かれてすぐのニンジンのような印象を全身から解き放っている。どうしようもなく無防備で、誕生的たんじょうてきで、しれっとした感じに見える。


 けれどもそこには確かな光がある。


 幼女の体がこちらの申し出に答えて動いてくれるとき、私たちはどこからか自然発生する最高善の溜息を発することになる。幸福に至ることができるのだ。


 ……。……。


 私だけだろうか? そうではないと思いたい。仕事とはいえメイドたちには好意的に働いてもらいたい。

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