第23話 40万リリングのメイド ①

 室内にノックの音が届いた。リンゴと共に使用した皿などをシンクの中に置いて音のぬしを迎えに行くと、扉の向こうには二人の客室メイドが横にラインをそろえて立っていた。


 ともに妙齢みょうれいの女性だ。20代弱といった感じに見える。片方が黒い頭髪で、もうひとりは金髪だ。二人とも似たような形のボブカットで、頭の上にはふわりとした頭飾ホワイトプリムをのせている。


 黒髪のメイドは手ぶらであったのだが、金髪のほうは化粧箱けしょうばこであろうか、両手が洒落しゃれた小箱の取手とってつつましやかににぎっていた。


 この二色のメイドは黒のほうが上級職に位置しているのだろうか。最初に発話したのは彼女のほうだった。


「お待たせしました。ディートリッヒ様。当ホテルをご利用いただきありがとうございます。ただいまからお世話係を務めさせていただく、カトレア・ラフィールでございます」


 金色のほうが「ラビィ・レイフローです」と続くと、二人は息を合わせて頭を上げた。


 夜空のような静かな印象を与えてくる黒髪のメイドに対して、金髪のほうはその闇の上空をまたたくほうき星のような雰囲気がある。


堅苦かたくるしい挨拶はやめにしよう。とりあえず中に入ってほしい。あと私のことはルークでいい」

「はい。うけたまわりました」

「すこし長い話になる。座ってからにしよう」


 コッタに伝授して欲しいのは衛生観念である。


 そう言って意思疎通ができれば話は早いのだが、コッタが風呂や水洗便所を初めて使用することを、この二人が知るわけもない。二人にはまず、私が特に伝授してもらいたい衛生観念について肉付きのある理解をしてもらわねばならない。


 コッタが捨て子であるということは、表に出して語るべきでない内容ではないのかもしれないが、私は結局は明確に伝えておいたほうが利に叶っていると判断した。


 私はここに来るにいたった経緯けいいを、二人のメイドに伝えた。


「以上がなりゆきになる」

「左様でございますか……」

「うん。左様」


 黒髪のメイドは理解を示すかのような少し悲しげな表情をつくっていたのだが、それはなにやら絶妙なタイミングで飛び出したコッタの発言によって、さっぱりと消えていた。


 メイドの二人は隠しきれない突飛とっぴな視線をコッタに浴びせているのだが、当の本人はケロッとしている。


 私もほとんど絶句ぜっくしていた。気付かぬ内に寄ってしまっていたまゆはすぐに戻した。


 捨てられたという話題は、コッタを悲しい気持ちさせるものだと思っていた。私が恐れていたことだ。けれどもコッタは春の綿毛よりもどこ吹く風のご様子であらせられる。すくなくともそのように見える。 


 胸の痛みがないとは思えないのだが……。いや。違うのか……。これはもしかしたら女性特有のたい感傷かんしょう能力のうりょくみたいなものなのか……。終わったことにいつまでもクヨクヨとするのは男のほうが多いものだ。少なくとも私はそっちの属性だった。


 しかし一体どういう心境だ……。


 いや。まあ、いいだろう。今は幼女について考察するときではない。過去を受け流そうとするコッタの姿勢には賛同できる。蒸し返したところでどうにもならない。健全に進めるなら進むとしよう。

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