第22話 無知なリンゴ ②

 私はコッタに綿布タオルわたして手をぬぐうようにと伝えた。加えてエルフィン・ローブを装備している状態だから、その必要がなくなっているのだよ、と教えた。


「?」そいうのは困る、とでも言いたげなのかどうか。無表情なコッタがいた。


 幼年期特有の意思疎通の困難があるのかもしれないが、説明して良いことと悪いことがあって、私の話は要領をえないものに終わっていた。


「まわりから見ると不自然に映るかもしれないから、ぬぐっておこう、といったところだな」

「ふーん」


 エルフィン・ローブは競売きょうばいにかければ2億リリングくらいになるS級の装備品だ。身に付けている者が弱者であれば強奪対象にもなりえる。無論、私が阻止するのだが、悪人に悟られない防衛意識を持って運用したい。今はまだ注意すべき恐怖の対象を教える段階ではなく、ここが安全な場所だとリラックスさせたほうがよいから、付け加えた私の説明も真意から若干離れいた。


 私は流し《シンク》の近くの棚を適当に開いて小包丁ペティ・ナイフと小皿をそろえ、フルーツがあるテーブルのほうに向かった。そして隣接しているソファに腰をおろして、リンゴの皮をむいた。


 私の後ろをついて回っていたコッタは、今だにクルクルと室内を見渡している。


 一緒に座ってはくれないようだ。室内を見るのに忙しいのだろうか。私は声をかけるのに少し迷ったが、私たちはまだ朝飯あさめし――ではないな。私たちはまだ〝朝食ちょうしょく〟をとっていない。


 料理らしきものをほとんど習得していない私であるが、刃物の扱いには慣れている。リンゴの皮の全部が一本につながろうかというところで、ちょうど私のもとに帰ってきてくれたコッタの視線をひろった。


「座るといい。食べるだろう?」

「うん」


 彼女が着席すると、私はロー・テーブルを片手でそっと持ち上げて、もっとソファに近づけた。


 小さく切り分けていったリンゴのひとれを、彼女がつまんで口に運ぶ。私はまたひとつを切り分けて小皿の上に置く。そうするとまたコッタの小さな手がリンゴをつまむ。小さなくちに似合うように切り分けたからか、彼女は次々に頬張った。小動物のように口元くちもとが動いて、シャクシャクと子気味良い音が聞こえてくる。


 リンゴが半分とちょっと消えてから疑問が生じた。


 こんなに食べさせてもいいものなのだろうか……。


 腹が減っているなら食べるべきだし、それを止めるつもりはない。だが食べ過ぎは体に毒だ。幼女においては嘔吐おうとする場合もあるのではないだろうか?


 私は幼女の食事しょくじ風景ふうけいを観察したことはある。ここらへん限度げんどなのか……。


 私はナイフを置いた。


「コッタ、食べ過ぎ?」

「いや。そんなことはないよ」


 コッタの半分はんぶん目蓋まぶたのには寄り添うような青色の瞳がある。私はレベルにものを言わせた長い体感時間のかなで、その二つの瞳をつぶさに観察してみた。ひたすらに静かなブルーアイズ。かたくなにも見えるかたちの目蓋まぶたでその約半分やくはんぶんが隠されている。


 私はコッタの満腹まんぷく具合ぐあいを沈黙のうちに知りたかった。けれどもクールをつらぬく彼女のスタイルからうかがえることはなにもなかった。まだ共にすごした時間も短い。


 コッタは極端に反応の薄い子供であった。


 ルーシーにビックリすることも、空からの景色に感動することも、この宿も、おそらく初めて見たであろう蛇口じゃぐちについても……。


 最小限の反応は示すのだが、その声に跳躍ちょうやくはなく、感情が乗ることもなく、表情にも顕著けんちょな変化は見られなかった。


 つぶさにコチラを見つめ返してくる幼女がコッタであった。


 もう少し時間をかければ、言葉の奥にある心の一部でも知ることができるのだろうか?


「好きなだけ食べてくれて良いのだが、残りは少し時間をあけてからにしようか」

「うん」


 素直ではある。良くも悪くも。しゃかまえる批判的ひはんてきな態度も人生においてはときどき利点になるのだから少し心配だ。コッタにはまだ早いことなのだろうか? 幼女は十人十色である。

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