第19話 ホテル・コストリントン ①

 私たちが建物の中に入ると、ロビーの客も客室係とおぼしきメイドも……、私たちに気が付いた全員は、一様にこちらにけむたそうな視線を飛ばしてきた。この濃赤色えんじいろ絨毯じゅうたんめられたロビーに相応ふさわしくないということをあんほのめかしている感じだ。私とコッタの服装が悪いのだろう。そのせいで生存圏に固執するかのような感情を呼び起こしている。


 私も軽蔑けいべつの対象に含まれている。チェニックにズボンにマントに。私は森の中の普段着のままだ。街中の通行人くらいになら馴染むのだが、ここではちょっとここではひく見積みつもられる。諸所しょしょにキルティングをほどこされた生地きじや、趣向しゅこうらした上衣じょういのかさねなどが、ここでの暗黙の服装規定ドレス・コードだ。ペラペラの布の服では格式が不足する。 


 唯一ゆいいつの例外となる装備は、コッタが身につけているエルフィンローブであるのだが、薄汚うすよごれた貫頭かんとうとの組み合わさっては品性が保てない。見下みくだしてくる者どもの視線には一定の理解は示せる。


 無論、そのまなこよこ一文字いちもんじかぜ魔法まほうらわせたくなるくらいの衝動的しょうどうてき反撃はんげき欲求よっきゅういてくるのだが、喧嘩など売ってはコッタのためにならない。守護の力とは無意味にくことではないし、ましてや物騒な番面を見せることではない。 


 ただし、おおよそ無意味なゴミどもを一言でつぶせる即興そっきょうのセリフならすぐに思いつける。


『お前らも高々たかだかれている』といったところだ。


 この街の歴史をひもけば、私たちがここで深くかしこまる必要はないと知ることができる。たかだが百年かそこらできずいたこの街の栄華えいがくわえ〝2枚目の壁〟の手前にあるのがこの宿屋だ。ここに泊まるような貴族階級は実は少ない。


 公爵こうしゃくとまでは言わずとも、伯爵はくしゃく子爵ししゃくくらいになれば、市井しせいとはさらに区切られた外壁の内部にある知り合いの家に泊まるとか……、そもそも最初からひん客扱きゃくあつかいになるツテを〝向う側〟に持っている。


 ここは街の中で最高価格といってもいい宿屋に分類されるのだが、かねさえめば身分を無視して宿泊しゅくはくすることができる。経営側も、単なる金持かねもちだけがただずむフロアを遵守じゅんしゅするよりも、1通貨リリングでも多くの売上げをきずげるのに心血を注いでいる。本物のハイ・クラスだけに囲まれるような格式かくしきは店も客も持っていない。


 むしろそうでなければ、こんな所に用はない。両者りょうしゃ両得りょうとく理屈りくつててまで突貫とっかんするような非常識を持ってこの宿に来たのだとしたら、私は単なる厚顔こうがん無恥むちな存在だ。コッタにさずけようとしている常識にも害が出る。

 

 うわさばなしが好きな衆人しゅうじん環視かんしがチクチクと届くが、私は気にせずフロントとの交渉こうしょうりだした。


「今から部屋を借りたい。二人ふたり一部屋ひとへやだ。一番いちばんたかいところでいくらだろうか?」

「200万リリングでございます」


 茶色を基調きちょうとした服装に身を包んだ男が答えた。みどりのネッカチーフで首元にいろをキメている。上から下まで似たような素材で、いかにもな〝上下じょうげそろいのふく〟だ。つまりはしたといった感じだ。けれども胸をはって、みずぼらしき見栄えの私たちを追い返そうとする鼻息が感じられる。


 だが……。

 

「じゃあ。そこで。あと専属で24時間体制で働ける客室メイドを二人つけてもらいたい。優秀な要人警護役ガーディアンとしての資質も持ちあわせている者がいればなおいい。いなければ普通の客室メイドでかまわない。あまりむずかしいことをさせるつもりはないし、夜には普通に休んでもらう事を念頭ねんとうにいれている」


 私がメイドにのぞんでいるのはコッタのまわりの世話である。単純に『コッタの面倒を見てもらいたい』と言えば、こちらの欲求よっきゅうはずっと具体的になるのだろう。だがそんな厄介者やっかいものあつかいをするような言い回しを私はしたくなかった。

 

「はい。それでしたら追加で1日40万リリングになります」


 良かろう。私から歩み寄ろう。私は最高のサービスを求めている。


「今はあまり現金がないんだ」


 私は肩掛かたかけけのふくろからきん延棒インゴットを一本取り出しカウンターの上においた。また一本取り出してはカウンターの上において……と。ゆっくりとした動作で合計3本の延棒インゴットみあげつつ言った。


「とりあえず3泊くらい部屋を借りたい。今のきん相場そうばまで把握はあくしてないのだが、これで足りるだろうか?」

「しょっ! 少々しょうしょうお待ち下さいっ!!」


 若いフロントの男は青ざめて頭を下げると、従業員用職務室バック・ヤードのほうに小走りで消えた。私たちがみてくれに反する上客であることに気が付いたかのような反応だった。


 言われるままにフロントで待機することにした私は、こんな状況においても最強であるから、コッタが側にいることは気配でわかるのだが、それでも念のために本当にそばにいるのか確かめるために視線を落とした。


 ずっとロビーの内装を眺めていたコッタであるが、不意に私の視線に気がついてこちらを見上げた。


「ここがルークのおうち?」

「いいや。ここは宿屋だよ」

「宿屋?」

「金を払って寝床や夕飯なんかを貸してもらうところだな」

「ふーん」


 宿も知らないとなると、まだまだ先は長くなりそうだ。コッタの素朴そぼくにも見える半分はんぶん目蓋まぶたをみていると、本当はその長い道を、無限大にまで先延ばしにしたい気持ちが湧いてくる。ゆっくりと、可能な限り悠長ゆうちょうに歩んでいきたくなる。


 知識というのは、少なからず幼女が持つ固有の〝らしさ〟を失わせるものだ。


 特に現状は無知な幼女としての素養を満たしているのがコッタであり、そういった素養もすべからくでられる私は、後ろ髪を巨人タイタンにでも握られているかのような気分を味わっているのだが……。


 けれどもコッタに与える知識に制限をかけることは罪になる。なんにしても知ってることは多いほうがいい。そうしたものが無ければ、私以外の理解者を築くことができなくて、一人ぼっちになってしまう。そんな場所にコッタを留めてはならない。コッタは前に進むべき幼女だ。私はロリコンであるが道をあやまってはならない。


 幼女は…………成長していくものだ……。成長……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る