第18話 半分目蓋は幼女の初期装備であるのだろうか ②

 人類じんるい獣人じゅうじん、エルフ、ドワーフ、その他の少数民族……。今や我々とひとくくりにすべき〝有声ゆうせいげん語族ごぞく〟の先祖せんぞたちが〝バべルドの塔〟の攻略を完了したのは、おおよそ200年あまり昔の出来事だ。


 その結果、種族間で長らく問題もんだいされていた無数のコミュニケーション言語の壁は壊れて、現在、この世界の住民は共通きょうつう言語げんごによる文法の中で生きている。


 通行つうこう許可証きょかしょう煩雑はんざつ異物いぶつとして始末しまつされたのは、その後わりとすぐの事だった。犯罪の手配書に自分の人相書にんそうがきでもない限り、まちなかそとを分断している壁門へきもんはだれでも通り抜けることができる。


 街に入ったコッタは興味深そうに、しかしながら冷静な眼差まなざしで建物を見渡していた。なんとも読みにくい表情が続いているのだが、多分興味のほうに寄っているのだと思う……。景観用石柱オベリスクや4階層の集合住宅など、この街でトップクラスに高い建築物が目についているようだ。


 改良を重ねて辿たどいたカラフルなやきレンガや漆喰しっくい外壁がいへき、それらは田舎ではなかなかお目にかかれないものだろう。規律的きりつてきな配置の窓枠まどわくは、人間側にんげんがわを圧倒しがちな高い外壁にほどこされた安息地あんそくちだ。この街ぐるみでマエストロと評価すべき建築家たちがほどこした意匠いしょうであろう。初めて見るならば、しばらくはきがこないものだ。


 私はなるべくゆっくりとした歩調をとって、街の〝宿場しゅくば区画くかく〟にまでコッタを連れて行った。


 その間にコッタの目蓋まぶたに変化はなかった。ずっと半分のままだ。なんとなく半眼はんがんというよりかは、半分はんぶん目蓋まぶたと形容したくなる。もう彼女のクールな外面的がいめんてき個性こせいと見なして良いのだろうか……。


 このまま街中をぶらりとする観光に向うことで得られる経験値も捨てがたいのだが、私としてはまずは宿を押さえ、そこでコッタに〝清潔せいけつ〟という常識を覚えてもらいたい。それは規律のある生活習慣と言い換えても良いかもしれない。いわゆる衛生えいせい観念かんねんだ。田舎者いなかものっぽいコッタには欠如けつじょしている可能性が高く、私がなにがなんでも最初に教えておきたいものだ。


 けれども〝肝心かんじんな所〟で私には出来できることが無い。だから、まずは宿屋なのだ。


 私は自分が単騎たんき突撃とつげき容易よういに達成する変態性をこの身に宿していることを知っている。男のさががころりと女にイカされてしまうことも充分じゅうぶん承知しょうちだ。


 このミッションに内在ないざいされているきびしい条件は、コッタの形象けいしょうがあらわとなるプライベートな個室へと、私が躍進やくしんして介抱かいほうするわけにはいかない――というところにある。


 つまるところ風呂だ。そして水洗便所だ。


 衛生観念という常識を支える奇跡の水流すいりゅう設備せつび。その大巨頭だいきょとうとでも評価するべき部屋のなかで指揮する者が、私であっていいわけがない。


 しかしながらそれら設備からもたらされる清潔を正しく受け取るには、当然、その設備の使い方を知っている必要がある。恩寵おんちょうさずかるために信仰をもつように、清潔せいけつさずかるためには、その使用方法という知識を持っていなければならない。


 誰が教えるのか。


 私ではない。繰り返すが私ではない。引力に吸い寄せられているが、私は何度でもロリコンだと自重する。私にはすでに罪がある。メガネをかけた常識人が出てくるまでもなく、私は許されていない。天地がひっくり返っても私がコッタの素肌を必要以上に見る事は許されていない。


 私以外では誰か? 答えは簡単だ。宿屋のメイドである。


 もとを正せば私の出身地も田舎いなかである。同じ田舎者であろうコッタを一人で風呂やトイレに向かわせても苦戦が予測される。〝演舞えんぶ〟をはぶいた説明だけをコンコンと続けたとしても、きっと分かりづらい。


 コッタに水洗便所と風呂の使い方を、そばについて実技指導をもって教える常識的な大人の女性。それが私の求める協力者の姿だ。この役目をになえる適任の者はすぐに思い浮かび、それが宿屋の客室メイドだ。


 宿に向かえば衛生観念を支える設備と、その使用方法をコッタに伝授する客室メイドを同時に賃借ちんがりできるのだ。あみで2匹の獲物えものを同時につかまえるようなものであり、ゆえに私はコッタを連れて宿屋に向かうべきなのだ。


 コッタにとっての最初のステップは、これからやとう客室メイドの助けをかりて、衛生観念という常識を身につけてもらうことだ。


 ついでに庶民程度の生活様式もいくらか身に付けてもらいたい。けれども一度に詰め込むと難しいことになるかもしれない。だからまずは風呂とトイレ。コッタには、まずこの山場を乗り越えてもらいたい。一見いっけん簡単かんたんにも思えるのだが、取り組むのは幼女コッタである。なにが起こるかわからないから私は万全をす。


 小さな体はときに利点になる。人になにかを教わるには気安きやすすかろうし、教えるほうも気が楽だ。想定中の協力者であるメイドは、かねまではらってやとうのだから、きっとコッタのことを可愛がってくれると思う。


 彼女の背はまだ低いが、将来性の高さは随一ずいいちといっていい。そのための第一歩。水洗便所と風呂の攻略だ。そして攻略と名が付くかぎり、私はそこで妥協しない。私たちが向かう宿屋はおのずと制限される。この広い街においても目的地を定めることができるのだ。


 私とコッタは、ここ大都会リーゲンハイムにおいて、最高ランクに分類される宿屋の前に到着した。建物全体は石造いしづくりで、神殿のような威容いようをはなっている。


――ホテル・コストリントン――


 施設名を表す文字は、装飾書道カリグラフィーを追求しすぎてごったくそに歪曲わいきょくしているのだが、みょうに親近感を覚える形で綴られている。入口の上のほうに示されている金色で描かれていた。

 

 ポールだけ金属性になっている木製の回転ドアの前で、私は一時的に停止してから、コッタに〝行けるかどうか〟聞いてみた。


「ちょっとずつ押して入る扉だ。私はすぐ後に続こう。行けるだろうか?」

「……」


 丁度私たちを追い越して回転ドアを颯爽と通りすぎた旅客りょかくらしき人がいた。


 一度は戸惑とまどったかのように見えたコッタであるが、その旅客りょかくどうせんを見たあとでうなずいた。


「うん」


 勝手に回り続けるタイプの回転ドアではない。コッタはドア・ボーイを横切って、自分にバリアを張っているかのように両手でガラス面をそっと押しながら前へと進んだ。


 ここでの私はり足だ。ちょこちょこと押し入るコッタのすぐ後ろに続いた。幼女をジロジロ見るのは非常識だと、ドア・ボーイには睥睨へいげいらわしてひるませておいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る