常識は40万リリングのメイドを買って手にいれるしかないのかもしれない

第17話 半分目蓋は幼女の初期装備であるのだろうか ①

 リーゲンハイムの郊外には草原の平地がある。ルーシーが降り立つには十分な大地だ。ステルス・パウダーの機能は人の目をあざむくことができるのだが、その効力からいきなり抜け出すと、異常にして突発的な出現をすることになる。


 壁門から1キロ程度は離れた地点になろうか。私はルーシーと相談しつつ〝そこ〟を着陸地点として定めた。


 遠くに人影があるのだが、これだけ離れていると私たちが突然に姿を表しても騒ぎにならない。一般人は、小さく見える私たちのことを、今まで気がつけなかった存在として思い込む。風景の変化に自然な納得を与えて、そして日常に帰っていく。場合によっては無意識だ。


 私はコッタを抱きかかえて……。抱きかかえてから……。つまりは抱きかかえるのだが……。


 私はあまり意識しないように注意しつつ「ちょっと持ち上げるよ」と言い、横抱きで拾い上げるのに都合の良い座り方をしていたコッタをそのまま持ち上げて、ルーシーの背中から飛び降りた。


 コッタを地上に降ろしたところで、ルーシーは『それじゃあ、またいつでも呼んでね。コッタちゃんもまたね』と言って、返礼の言葉も聞かずにパッと消えた。特別な演出はなにもない。帰る先は幻獣界かどこかだろう。深くは聞かないようにしているから空想するしかない。


 空間くうかん転移てんい。人類のみならず、こちら側の世界の全種族が、ついぞ手に入れることができずに現代に至る……。昔はうらやましく思ったものである。


 コッタは高く掲げた手を使って、「バイバイ」とルーシーの姿が消えたあたりの空間に別れの挨拶をしていたのだが、声は届いてないと思う。こちら側の気持ちの問題でもあるし、可愛いらしいから良しとする。

 

 そうした彼女の仕草などを見るに、彼女は元気を取り戻しているかのように思える。けれども目蓋まぶただけはだいたい半分の位置を保持したままで、眠そうな見た目に仕上がっている。いわるゆ半眼はんがんだ。


 矛盾しているかのようなのだが、ステータスは相変わらず良好で、目視においてもコッタからはふらつきそうな気配が感じられない。頬も丸みを取り戻し、体のほうは活発に動けそうに見える。別れのお手手は真っ直ぐ伸びていた。


 見た目から健康状態を把握はあくしづらい幼女であるのだが……。


 つまりは――その眠たげにも見える目蓋まぶたの位置は、コッタのもとからの身体的特徴なのだろうか? 


 私が「具合ぐあいは悪くないだろうか?」と尋ねると、平然と二本足で立っているコッタは「うん」と答えた。回復魔法も十分にほどこしたし、昨日は食事もとっている。いったん体調は問題ないとしておこう。


 では心のほうはどうかというと、それは別次元ではかりえず……。〝帰してくれ〟との主張もない。


 このまま私の思うままに事を進めても――――。とりあえず許されることにしよう。


「このままじゃ歩きにくそうだな……」

「そうかも」


 私が下を見ると、コッタの視線も地面へと落ちた。


 私はまず、コッタの身長に合ってないエルフィン・ローブを短くすることにした。


 エルフィン・ローブは2メートル弱の私の上背うわぜいに合わせてられたマントである。コッタが装備して歩くとズルズルだ。移動することが困難なほど生地きじがあまる。肩口から垂れるマントの最後が、彼女の足元あしもと水溜みずたまりのように広がっていた。


「ちょっとマントを貸してくれないか?」

「うん」


 コッタは目算で7歳だ。おさないといっても、さすがに脱ぐくらいは自分でできる年齢にあるのではないだろうか。そう思って見ていると、コッタがもぞもぞと身をよじって、生地きじを首から上へと引っこ抜いた。そのときに持ち上げられたコッタの両腕りょううでが柔らかく躍動やくどうし、私の目はいとも容易たやすく奪われた。


 自覚じかく症状しょうじょうはあるのだが目が離せない。


 ささいな動作の中にでもキラメキがあり、それは絶妙な刺激で私の感覚をくすぐってくる。こちらに届いているものは、小さな体でもちゃんと動くのだという、神秘的な感動だ。じんを超えた何がしかのモノが、私の気分をザワつかせる。


 コッタにも見られている。一人だけ舞い上がっている気持ちの悪い奴にはなりたくない。


 冷静に。冷静であればいいんだ。


 私は何度も自分に言いきかせながら、コッタのエルフィン・ローブを受け取った。その生地からコッタの温もりが感じられる。


 いやいや。そんなはずはない。エルフィン・ローブの効果だ。冷静に。冷静に……。


 今の私はさわやかな朝日の下にいる。私はそのことを強く意識して心を洗い流した。こいつを抱え込んで顔をうずめたりしない。私は清く正しい微笑ほほえみでローブを受け取った。


 私のすべきことは、長すぎるマントのすそを切り落として、全体のサイズをコッタに合わせることである。


 私はマントの生地が空中で一杯いっぱいに広がるように放り投げた。ぐちゃっとなっている状態のマントよりも、パリっと広がっているマントのほうが断裁だんさいしやすい。そのための投射とうしゃだ。目の前の空間が、ほとんど白いマントの生地で埋めつくされた。


 このマントが空中に浮かんでから落下するまでの時間は、匹夫ひっぷだと矢のようにして一瞬いっしゅんで過ぎ去る。だが私の体感時間を作用させれば、欠伸あくびが出るくらいの〝〟の中に溶け込ませることができる。有声ゆうせいげん語族ごぞくにおいて最強と言われるまできたげた私の実力があれば、必要に応じて、観測上にある風景やその中の物体の移動を非常にゆっくりとしたものとして眺めることができる。幼女もそのように眺めることができる。


 そしてたかの急降下よりも素早すばやく動ける私には、当然そのゆっくりと観測される世界の中でも超速ちょうそくで動くことができる。強者同士で戦う状況になると、また異なる景色になるのだが、自由落下中のマントくらいなら、なんの不備もなく私にとってのゆっくりな世界の存在として認識できる。

 

 私は広がったマントを見つめて、だいたい半分よりちょっと短いところに断裁だんさいするべきラインを想定した。これから装備するコッタの身長にあわせた長さだ。


 右手を手刀しゅとうに変形させちからめた私は、その手を振るってマントを切り分けた。


 S級の装備にもいろいろある。エルフィン・ローブは高性能な魔法防御力と生活機能に長けている点が評価されてSとなっている。けれども物理的には比較的柔らかい部類のもので切断可能だ。私は簡単に二つに切り裂いてリメイクを完了した。


 地面におちても汚れ知らずのマントである。ただわざわざ落としてから拾う必要もないわけで、私は落下してしまう前に、二つに分かれたマントの両方をつかみとった。


 私はすっきりしたマントをコッタに返した。私の正常を奪いうる小さなその手とは触れ合わないように注意した。


 残り半分の生地は革袋の中にしまった。キレイに切り分けたS級アイテムの切れ端である。捨ててしまうのは少しもったいない。コッタの成長に合わせて再びんでもいいし、売り払って資金源にしてもいい。


 コッタはぴったりになったサイズのエルフィン・ローブを身につけた。ちょっとだけ新たなよそおいだ。さきのズルズルなスタイルにも捨てがたい愛くるしさがあったのだが、細かい裁縫さいほうなどできない私では、もう簡単には戻せない。ここはわれながら正確せいかく無比むひ断裁だんさいであったと思うことにしよう。満足だ。


 コッタの小さな歩幅を基準にして、私たちは街のほうに伸びる道の上を進んだ。

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