第9話 しげみにいく残飯

 大人である私であっても一晩ひとばん冷気れいきからだにまとわりついていた。幼女はしんからこごえているかもしれない。


 私は立ち上がり、そしてあまり得意とくいではないのだが、幼女の周囲に東方とうほうくにに起源をもつ〝結界〟というスキルを使用した。こうがわが透ける緑色の防壁を3枚。底面だけは地面を利用して、さん角錐かくすいの形状で幼女をかこった。


 強度を確認するためにも防壁を軽くノックしてみた。物理的に問題ないことは確認できたのだが、幼女からの反応は見られなかった。コンコンと響いた音は幼女にも届いていたはずだが……。


 ともかく今は水分すいぶんあたたかい食事が求められている。


「すぐに戻ってくる」

「……」


 幼女の肩は呼吸で小さく動いている。まだ終わっていない。


 私は最高のスピードを出力できるように、身体しんたいを強化する魔法を何重なんじゅうにも展開てんかいした。そして冒険者としてつちかったあらゆる技能を駆使くしして森の中を疾走しっそうし、自宅まで一瞬いっしゅんのうちに帰った。手早てばやとびらを開いて室内に入り、普段ふだん滅多めった使つかわない調理ちょうり器具きぐかゆ食材しょくざいなどを手にとってはふくろに詰めていった。


「ユリス、冒険ですか?」


 人間モドキがしゃくにさわる単語を口にふくんで何かをほざいていたが、私は答えなかった。

 

 準備が整うと、私は自宅から飛び出した。美しき清水きよみずく山の傾斜けいしゃまでける。そこで新鮮しんせんな水を水筒すいとうにたっぷりとみ、コルク栓を閉じると瞬時に地上を蹴った。私はまたたくに幼女の元へと戻った。


 しげみける物音ものおとで、幼女の顔がひざからはなれた。私と幼女の視線は交差した。けれども幼女はまたかおせてしまった。


『お前じゃない』


 幼女は相変わらず喋らない。けれども目蓋まぶた半分はんぶんざされていたその瞳は、まねかざる客を排除するための言葉を作り出しているに見えた。


 私は気を取り直してかゆを作ることにした。肉の丸焼きや、果物にかぶりつくくらいしか自炊じすい能力のうりょくがない私にとっては、なんとなくの知識にたよった調理となるのだが、鍋に穀物類こくもつるいと多めのみずを入れて火にかけた。


 思いのほか時間がかかる。私は周辺からあつめた細いみきえだなどから辛抱強しんぼうづよい炎をつくってなべ煮込にこんだ。ときに味見あじみをして、大麦おおむぎやら豆類まめるいやわらかくなるまでつ。


 間接的かんせつてきなキスが発生してしまう。私は魔法で小さな水流を生み出して、紳士的しんしてきなおたま洗浄せんじょうも正しく実行に移した。


 かゆが完成すると、おたまで丸型の皿によそおった。さらに上から軽く塩をふった。小さな木製もくせいのスプーンも、そのかゆの中にさしこんだ。それはいつの日にか、もしかしたら私の元に幼女が現れるかもしれないと、変な夢を見たときに購入こうにゅうたものだ。


 このような形で使われるとは思いもしなかった。私の奇行で救えるものがあるのだろうか。


 私はおそらく完璧な形となった粥をもって幼女に近づき、結界をほどいた。爪先がさらされている痛んだサンダルの近くにかゆを置き、コルクせんを抜いたブリキの水筒すいとうもそばにそえた。


「食べたほうがいい」


 予感はしていたが、やはり幼女は顔をあげてくれなかった。


 私は準備してきた袋の中から自分用の皿を取り出してかゆをそそぎ、幼女の気を引くために少しおおげさにズルズルと音をたてて何度もそいつをすすってみた。美味うまそうなおとをたててたいらげた。


 けれども幼女ようじょかゆには目もくれず、手付てつかずのまま時間の経過けいかともめていった。


 私は幼女のかゆなべに戻して温めなおすことにした。


 そしてきちんと言葉にして伝えた。


「私も食べた。危険なものじゃない」

「……」


 度重なる無視がここまでダメージ・ソースになるのは初めてのことだった。私は気を強く保ち、かゆが冷めるたびに温めなおした。やがてかゆがぐずぐずになるまで煮詰につまってしまうと、また新しいものを作って幼女の前に置いた。


 無意味かに思われた慈善じぜん活動かつどうが幼女の関心を少しだけ勝ち取ったのかもしれない。九回目のかゆを差し出したとき、幼女はちらりとこちらを見上げた。せこけたほほと、かわききったくちびるいたましい。そんな思いもつかの間で、最初から飯への興味きょうみなどなかったかのように、幼女はまた顔をせてしまった。

 

 そこからは変化のない繰り返しだった。私は冷えて行く粥をしつこく温めなおしたり、新たに調理しなおしたりした。それでも幼女はかゆを食べてくれなかった。

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