やはり私はクズなロリコンなのかもしれない

第8話 クズなロリコン

 自宅の庭からだと丸い月がかんでいるのがよく見えた。そこからはなれて森の隙間すきまに入り空を見上げると、月光げっこうに向かってむらがっている木々の梢がいつになくかたくなっているように見えた。


 その日の私は大いに画材コンテるったのだが、相変わらず完璧かんぺき幼女ようじょのデッサンを仕上しあげることができず、異常なまでの苛立いらだちをかかえていた。


 そんな夜は眠れない。そんなときは自宅から出て森を歩くしかない。あらぶるたましいしずめるために、木々の間をふらふらと彷徨さまようのだ。


 広大にして濃密のうみつな森の中。


 私が〝とある幼女〟の気配を感じ取ったのは、そんな時のことだった。


 ニレの巨木きょぼく根元ねもとで、幼女は両膝りょうひざを抱き、そこに顔をめるようにして座っていた。

 

 推定年齢7歳。経験を積み上げた幼女専用の観察眼かんさつがんが数値をはじした。


 真夜中の、しかもこの深き森の中にいることが不自然な人影が、それにもかかわらず幼女に違いないことに私はすぐに気が付いていたのだが、して本物の幼女であるのだろうかと、私は何度もうたがった。ありえない光景だった。


 私の靴音くつおとに気がついてか。幼女は顔をあげてこちらのほうを見た。けれどもその目はすぐに落ちるようにして離れた。無力にみえる速度で目蓋まぶたは閉じられ、対面していた顔も、私を意識の外へと追いやるように、抱えている両膝の奥にまった。


 みずぼらしい貫頭かんとうに身をつつんだ幼女である。肩口かたぐちには細いかわひもが見えている。それはおそらく、かたからななめにかけて使うポシェットなどの一部であろう。幼女のオレンジ色の髪の毛はパサパサで、ところどころ毛羽けばりつっていてる。


 幼女が一瞬いっしゅんだけ見せてくれた瞳の色は、よるまぎれる深い青だった。


 私は幼女の一歩手前にまで近づいた。


「迷子か?」

「……」

「どこから来たんだ?」

「……」

「ここは子供が一人でいるところじゃない」

「……」

「いつからここにいるんだ?」


 さらにかさねて名前を聞いた。里も尋ねた。そしていくつか同じ質問は繰り返した。だが一向いっこうに返事はもらえなかった。


 私は魔法陣を形成し、幼女に最高級の回復かいふく魔法まほうほどこしたがそれも無視された。回復魔法で空腹は満たされない。もとより幼女には回復魔法より食事――あるいはそれ以前に水が必要かのように見えた。


「何か食べてるのか?」

「……」

「飲み物は?」

「……」

「父親か母親は近くにいるのか?」

「……」

「家はわかるか? 自分の家だ」

「……」

「それでは私は立ち去ろう」

「……」


『行かないで』――とすがるような反応を欲しがっていた私の期待は満たされなかった。私は幼女が視界の内におさまる別の木の根元を見つけて、そこにこしを下した。私は最初から幼女を放置して立ち去る気などなかった。


 おそらくこの幼女は人生の危機に直面している。ここはトスト・オーシュ街道から約10キロ離れた森の中だ。まず街道自体がさびれていて利用する人々は少ない。また人里からも遠く離れている。幼女がひとりで遊ぶような場所でもなければ、とてもじゃないが迷い込めるような場所でもない。


 対処ための情報をなにひとつくれない静かな幼女だ。フクロウかキジバトか。ホーホーとく鳥の声と、リンリンと聞こえるせつじょうの虫の音が、あししげく私と幼女のあいだを通り過ぎていった。


 幼女に語りかけている途中とちゅうの段階から、私にはいくつかの推測が成立していた。


 父か母か、あるいはそれ以外の第三者の手によって幼女はこの場所まで連れてこられて、とどまるように命令されたのであろう。


 そして幼女は納得なっとくした。


 もし迷子ならば助けを求める。あるいは突如とつじょとして夜の森にあらわれた人物におそれをなして逃げ出すか……。もし幼女にもっと元気が残っているならば、父母ふぼを求めてさけんでいる。これらが大多数の幼女ではなかろうか?


 一瞬いっしゅんしか見ることができなかったが、幼女の瞳にはこのまま消え去る覚悟かくごを決めたのっぺりとした暗幕あんまくがかかっていた。星の数ほど見てきた幼女からいつも感じてきた熱源ねつげんとでも評価するべきかがやきが、この幼女からはまったく受け取ることができなかった。


 ロリコンになってからというもの、私はずっと幼女と光はふたつでひとつだと思っていた。幼女という存在は常に光と共にあると思い込んでいた。だがどうだ。この幼女からはかがやきが失われている。


 しかし――。


 幼女は幼女であり、ゆえに幼女であった。


 たとえどんなに傷つきいたんで、みすぼらしくなっていようとも、幼女は幼女として存在する。この幼女はハジュとは異なる幼女の波動をもっていた。私は知りたくもない新たな知見ちけんを吸収していた。


 クズなのだろう。ここは幼女が直面している過酷かこくな現実だけを直視し心を痛めるべきところだ。幼女の近くにいられる状況に喜びを持ち込んではならない。


 私はすべてがまぼろしであればどれだけ救われることだろうかといのることにした。


 だが次の日のあさのぼってからも、幼女をたずねてくる者はいなかった。

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