第7話 隠居生活の終焉

 幼女の観察と下等なデッサンの累積るいせきで、また一年いちねんときぎようとしていた。


 ハジュはしつこく私のかくに住み着いていた。追い出すのも面倒だと感じていた私の心の腐敗ふはいに、ハジュは忍び込もう試みているかのようであったが、私はまったく気に留めていなかった。私の自宅がハジュの住処として成立している事実だけが年月とともに増えただけだった。


 近くにいる以外に、私がハジュと特別なにかをすることはなかった。


 ハジュは何も食べないし何も飲まない。ひがな一日、かくの周囲の森をほっつき歩いたり、部屋のすみで「よいしょ」と屈伸くっしんしたり、庭で鉢合わせしたときに、これ見よがしに空に向かって極大きょくだい火球かきゅうの魔法を放つくらいなものだった。

 一部の行動は交戦時能力の高さをアピールしていたかのようだったが、反動で尻餅をついていた。


 夜になると、ハジュはベッドかソファで眠っていた。私は残されたスペースのほうで眠った。すなわち、私の日常的な寝床はソファになっていた。


「ユリス、冒険に行かないのですか?」

「行くわけがない」

「じゃあ明日も幼女の観察ですか」

「なにが悪い。私は誰にも迷惑をかけてない」

「そうでしょうか?」

「……」

「……」

「黙っていろ」

「……」


 ハジュは人の形をしているが、おそらく〝げんじゅう〟である。世の中の不可思議ふかしぎな生き物のほとんどは幻獣と相場そうばが決まっている。


 幻獣ならば人間の世界と幻獣のための世界を自由に行き来できる。ハジュはときどき忽然こつぜんと姿を消していた。消えているうちは幻獣の世界に帰って足を伸ばしていたのだろう。


 人には触れることができない世界――――幻獣界げんじゅうかい


 そこは人間の世界から完全に隔絶かくぜつされている土地だと言われている。幻獣だけがその独自の〝転移てんい技法ぎほう〟によって瞬間的にコチラとアチラをできる。文献ぶんけんによくある一説だ。


 ハジュには帰れる場所があるのだ。しかしながらよくよく思い出してみれば、ハジュは〝帰る場所がない〟とは一言も口にしていなかった。


 つまりこの頃の私は、ともすれば幻獣の気まぐれにつき合わされていた――――ということにもなりる。


 解散からはや5年の月日が経過し、私は35歳になっていた。


 だがこんな森の中の生活も終わりを迎える日が来る。


 それはハジュのようなまがものの幼女ではなく、本物の幼女によって。

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