第5話 覚醒

 苦しくないといえばうそになるのだが、それでも世界というものは案外あんがいやさしいもので、こんな私に向けても古傷ふるきずを忘れさせ没頭ぼっとうできる光を見せてくれた。


 それは幼女ようじょだった。


 かれていると初めて自覚したときは、とてもじゃないが信じられなかった。私は目に見えない静かな恐怖に追われて、つかまると瞬時に不思議なぬくもりに包まれていた。例えるなら花畑のそよ風であろうか。どこまでも走ることができる……。


 街に出かけたときの私は、いつも決まって幼女の姿を探すようになっていた。近くにいればふっと視線を落とし、遠くにいればチラリと盗み見て、どこにも幼女がいなければくびってそれとなく幼女の姿を探す。私はコソコソと幼女を見つめる不審者ふしんしゃになっていた。


 めることはできなかった。まるはずもなかった。


 世界でもっとも強く輝いている太陽という光球を、もしこの目でいつまでも見ることが許されるならば、おそらく誰しもが日に一度は空を見上げて、その中核コアに近づくこともできなければ、外周に触れることもできない、そんな心をなぐさめるくせを身につけてしまうのではないだろうか?


 私は生活のために人里ひとざとりていく。そんなときはまって体裁ていさいよく幼女をながめることができる場所をさがもとめて彷徨さまよった。人口の多い都市の広場。キンダーガーデンの庭を見るのにベストなポジションのベンチ子沢山こだくさんになりがちな田舎の集落の木陰こかげ。いかに不自然でない程度にまで接近して幼女をながめるか。それが私にとっての重要な命題めいだいになっていた。


 ショートカットのロリを。ロングヘアーのロリを。

 白い肌のロリを。黄色い肌のロリを。褐色かっしょくの肌のロリを。

 ボロをまとったロリを。民族衣装のロリを。ビスクドールのようなロリを。

 活発なロリを。おしゃまなロリを。気まぐれなロリを。

 あますこなくすべてのロリにかれて、すべてのロリを見ようと、ロリが住まう街へとした。


 ロリを。ロリを。ロリを……。


 畢竟ひっきょう、ロリは9歳以下である。


 ロリのポテンシャルを100%引き出すことができる年齢に上限を定めたのもこの頃のように思う。


 若い女の身体からだむさぼりたいがだけの股間の衝動と比べたときに、幼女という素体そたいが全く異なるものであると気が付いたのも、やはりこのときであったように思う。


 のががた衝動しょうどうもまた同時であったのだが、遠くから見つめるだけの存在としてあらんとする全体的な宇宙うちゅう意思いしが甘美に機能して――そうとしか説明できない不明瞭な意志が私の心の中で機能して――、しばしばすんでところにいた私であったのだが、結局は無害な放浪者ほうろうしゃに終始することができていた。


 しかし9歳をえれば幼女の輝きは急速に収束する。その先で女のなんたるかを空想してる奴は、だいたい頭がイカレているやつだ。まずもって世界が回っているのではなく、幼女が歩くことで世界が回る。幼女について知るべき100の規則と、そこでの禁則事項。幼女の内外にあらわれる素晴らしき原理への探求とそこでの不可能性。前を通り過ぎるだけの幼女でさえ可愛らしいのだから、いわんや目が合う幼女をや。


 などを筆頭ひっとうに……。


 幼女について考えているとき、私の脳ミソは非常にえわたっていた。幼女について考察し、妄想し、そして列挙れっきょしているときの私は、非常に前向きで能動的のうどうてきな思考能力を取り戻すことができていた。


 多少――――――攻撃的であったかもしれない。


 だが幼女を見つめ、そして幼女について考えているときの私は、肯定的こうていてき先鋭的せんえいてきな気持ちでいられた。私は地上に幼女が存在しているという事実に賛歌さんかささげ、そこに甲斐かいを見出すことができていた。


 堕落だらく腐敗ふはいに侵食されつつある私は、あらぬ方向性をもって息を吹き返した。なにより幼女の存在自体が嬉しかった。


 そのはずなのに……。


 そうして意気込んでまちへと向い、幼女の成分を充分じゅうぶんに吸収した日の夜には、なぜか虚無感と閉塞感におそわれた。


 幼女の寿命じゅみょうは短い。あらゆる幼女は月日が流れるとともに劣化れっかしていく。この世界に存在するあらゆる佳景かけいより圧倒的な速度で消滅していくのが幼女である。


 幼女は生まれ、幼女ははぐくまれ、幼女は消えて行く。

 幼女は誕生し、幼女は成長し、幼女は消滅する。


 幼女に付随ふずいする致命的ちめいてきな事実が、私の心を深い闇へといざなっていった。


 私は泣きながら眠った。


 どんなに幼女が美しかろうが、どうせいつしか私のもとから去っていった女どもと同じような変貌へんぼうをとげる。コントロールを失った私の心はいつもそのように叫び出していた。私の心の古傷が、幼女に触れてはならないという絶対的な道徳と支離滅裂しりめつれつな結合を果して、強烈な自己弁護を始めた。それが私の精神にダメージを与え続けた。

 

 ――そしてまた新たな幼女が生まれる。

 ――この身がちようとも幼女の観察を続ける義務がある。


 私はそうした二重三重にも感じられる退廃的たいはいてき循環じゅんかんの中で、多くの歳月さいげつを消費していた。

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