第3話 迷惑なかつての遺産

 私にはかつてそんな習慣があった。


 ダンジョンで見つけたなにか興味を惹かれる物は、ひろうなりっこくなりけずるなりして、このかくに運び込む。


 20代の前半くらいまでの私はそんな人間だったのだ。かねになるとかならないとか、役に立つとか立たないとか、そんなことはどちらでもよい。私は一般的な冒険者と同じく、雑多ざった収集癖しゅうしゅうへきと仲良く付き合いながら生きてきた。部屋の中には、もはやガラクタとなったアイテムや、たいして使いもしなかったS級の武器などがほこりをかぶって転がっている。

 

 そんな私の感性に引っかかり、奥地のダンジョンからこの隠れ家にきょうつしたのがハジュの石像せきぞうだった。玄関わきに設置ディスプレイして、満足げにうなずいた若かりしころの私の姿が記憶にある。


 設置せっちした直後ちょくごのハジュの石像せきぞうは、動き出すこともなければ、喋り出すこともなかった。石像だから当然と言えば当然であろう。だが沈黙ちんもく原因げんいんは石という構成こうせい素材そざいのせいだけではなく、前衛ぜんえい芸術的げいじゅつてき欠損けっそんにもあったと思う。


 持ち帰った当初のハジュには〝頭部とうぶ〟が無かったのだ。


 ぼきりと折れたのか吹っ飛ばされたのかは知らないが、首から上の形状けいじょうが消失していた。それが最初のハジュの石像だった。


 その欠損けっそんは、あろうことか、私の隠居生活の日々が始まるとともに、ちょっとずつ修復をはじめたのだ。


 修復当初の小さな再生に私は気が付けなかった。だが小さな変化でもかさなって大きな変化を生み出した――――となれば話は別で、それを見逃すほど私の目はくもってはいなかった。


 ハジュの石像は、首元くびもとからセメントをかすかにり重ねていくかのような修復をくり返した。あごうなじのあたりまで形状が戻った時にはっきりとわかった。この石像は条理じょうりを無視した異質な存在なのだと。


「もとに戻ろうとしているのか?」


 下側したがわからにょきりと続く修復は、くちはなのラインをとおぎて、やがてひとみの高さにまで到達した。私は気まぐれにたずねかけてみたりもしたのだが、修復しゅうふく途中とちゅうのハジュはウンともスンとも答えなかった。


 答えをくれない石像を、例えば名のある学者の解析かいせきまわすようなことはしなかった。高位こういのダンジョンから持ち帰ったアイテムであるから、そんなことが起こっても不思議ではない。


 私は気にするのをめた。


 多少はいぶかしむときもあったのだが、謎の深層にまでせまる気力に発展することはなかった。どうでもいいという私の無気力が考察こうさつんでいた。


 耳や瞳のあたりの高さまで再生が進んだとき、ハジュがそれなりの美貌びぼうの持ち主であることがわかった。


 前髪パッツン姫カット。


 8歳くらいの少女が元のモチーフだろうか。もともと小型の石像ではあった。


 私は喜びもしなかった。外面的な美人など人生でくさるほど見てきた。かつてギルドランキング1位に君臨くんりんしていた私の周囲には、それなりに女性のさわがしさがあったのだ。耐性が完備されている。

 

 私は石像を壊すことも捨てることもせずに放置しておいた。


 いっそ見ていて気持ち悪くなる悪魔イビル・デーモンのような顔が再生されていたならば、私とて攻撃こうげき魔法まほうかなにかで、その石像を空の彼方かなたまでばしていただろう。私の中の破壊はかい衝動しょうどうを刺激するような悪辣あくらつ因子いんしそなえずして再生が進むことにより、ハジュの石像は室内の一箇所いちかしょ占拠せんきょすることに成功していたといえよう。


 そしてその再生は当然のように次の段階へと進んだ。


 ハジュの石像は、頭部まで完全に再生されると、今度は肌の色が徐々じょじょに灰色から人のものへと変化した。くわえてバキバキだった灰色の髪の毛の一本いっぽん一本いっぽん分離ぶんりし、若くつやのある白色へと染まった。ぴったりスパッツの黒い生地も質感しつかんを取り戻して、その上に重ね着された子供用のプレート・メイルも、光をきらりと反射する白銀はくぎんへと変化していった。


 ハジュは鎧を身につけたちびっ剣士けんしのように見えた。何に勝利したのだろうか。片手は天を指差し、明日にでも向かってえらそうに微笑ほほえんでいる。


 そのころのハジュの風貌ふうぼうは人間そっくりになっていて、もはや石像というよりは人形といったほうが近かった。ただし、おおよそすべての人間的な質感を取り戻したハジュが、その時点からすぐに動き出すことはなかった。


 結果から言えば、そのようなハジュの〝うつわ〟が、たましいらしきものまで再生させ、生物的な活動を再開するには、おおよそ3年の月日がかかったことになる。

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