第2話 怠惰な生活

 トストオーシュ街道かいどう大樹たいじゅの森林地帯をいっ本道ぽんみちがそれにあたる。その街道の途中とちゅうから、獣道けものみちへとふらりとれて奥深おくふかくまで進む。そこに私の自宅がある。人里から遠く離れた森の中の一軒家いっけんやだ。その所在しょざいを知っている者はほどんどいない。いわゆる〝かく〟である。


 解散直後の私が唯一ゆいいつおもえがくことができた次なる目的地だ。


 森の中で静かな時間をすごす。川のせせらぎにみみませる。吹き抜ける風にまかせる。大樹の太い枝に腰掛こしかけ沈む夕日をながめる。切株きりかぶをテーブルがわりに黄色のハーブティでも飲みながら、森の小動物とできもしないコミュニケーションをとる。


 このときよわい30。ことのきの私は、自分の残りの人生を静かな隠居いんきょ生活で染め上げようと思っていた。


 いくら無気力におちいろうとも空腹くうふくは耐えかたく、私の無気力とは結局そのようなものだった。自ら積極的に死を待つ気など心の中にはこれっぽちも存在せず、だからといって前向きな目標をもって何かに取り組む気にもならず、のんべんだらりと……。


 私の第二の人生はしまりのない怠惰たいだな生活としてスタートしたのだった。


 着替きがえは特に簡素かんそになった。ズボンにチェニックにマントに……。

 

 最高級の装備はクローゼットなどにしまって、無個性な布の服で体を包んだ。もう冒険者ではないのだ。冒険に関与するものなど見たくなかったし、防御力も魔法防御も必要なくなっていた。


 向かう先も生存本能に基づく必要な買物ができる場所だけになっていた。


 私はときに近くの、ときどき遠くの街に足を伸ばした。そこで営業している飲食店で食事をし、ほかには近々ちかぢか食べるサンドイッチや多少保存の効く食料しょくりょうなど買いあさっては、また深き森の中にある自宅へすごすごと帰宅した。

 

 私ならば高速移動を成立させる魔法で、移動距離という障害は簡単に克服こくふくできる。自炊じすいよりも買出かいだしのほうが楽だった。


 生きるために街に出向でむく。出向でむいてはこもる。


 あとは静かな生活が続いた。


未踏みとう領域りょういき〟の迷宮ダンジョンから持ち帰った古文書こもんじょを読むともなしに読むこともあったし、そののかぎりの訪問客ほうもんきゃくとなりる鳥たちを気ままに餌付えづけしたり、場違ばちがいな客を見るような鹿しかと目を合わせて暮らした。

 

 おおむね予期よきしたとおりの最小限の生活を送ることができていた。そんな生活は私自身をも静かなものにしていった。もうHPにもMPにも大きな消耗しょうもうおとずれることはない。私は冒険者として終わっていったのだ感じていた。


 ゆえに。


 どれほど〝精巧せいこうな人形〟が手に入ったからといっても、私は少しも喜ぶことができなかった。


「ユリス。冒険にいかないんですか?」

「ああ。行かない」


 私は切株きりかぶの上にこしをおろして、中立的な瞳をもった小獣ウォンバットながめた。そのいとしきずんぐりむっくりな体型をもつ動物とだけ視線を合わせて、背面はいめんの方向から私に話しかけて来た〝モノ〟は見ないことにした。


 ハジュクラ・ハジュリ。略称りゃくしょうハジュ。


 私に話しかけたその〝モノ〟は、かつてみずからをそのように紹介しょうかいした。この隠居いんきょ生活の中で〝勝手に増殖ぞうしょくした同居人〟である。完全に人間と同等なつら身体からだそなえているのだが、もともとは石像せきぞうだった存在だ。

 

 私たちのパーティがまだ活躍していたころに、とあるダンジョンから持ち帰った大きなアイテムのひとつである。


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