【幼女育成】 ギルドランキングを駆け上がるとつぶやいた彼女とかつて1位の冒険者

くもきりかはる

 

引退した理由はもしかしたら単純なのかもしれない

第1話 別れの旅路

 冒険者生活の終焉しゅうえんは、HPが0の状態を継続したときにおとずれるのだと、私は心のどこかで信じていた。あるいはその前兆ぜんちょうとでもいうべきMPが枯渇こかつしたときか。私は知らずしらずのうちに生きる意味を失うことと、たたかいに敗れることを混同こんどうして、その心をふりかざして生きていた。


 生涯しょうがい現役げんえきの冒険者をつらぬくのだと私は信じていた。


 私こそが最強のゆうであり、ゆえに私の仲間パーティーも最強であった。


 聖職者クレリクト――アルエット。

 高位魔術師ハイウィザード――チェルシー。

 重装剣士ライフ・キーパー――ノノ。

 そしてほかならぬ術式剣士オール・ラウンダーに身をおく私――ユーリス・クヴァンツス。


 私たちは林間りんかんを走るおおかみれのような規律きりつ統率とうそつそなえていて、もしかしたらそこには道徳的どうとくてききずななどもあったのかもしれない。仮にでもそれらを信じることで生まれる主力しゅりょく思想しそうというべき人生じんせいかんを自分の中に認めなければ、私とてなんの根拠こんきょもない幻想をいくつもむすびつけたりはしなかっただろう。


 なにひとつ理解していなかった私に残された現実は〝最強〟だけになった。


 西方バーミライトどうこく保有ほゆうの天空142階層かいそうのツイン・タワーの攻略を最後にして、私たちのパーティーは解散した。


 いわゆるハーレム・パーティーのリーダーをつとめていた男が、かつての私だった。


 解散した理由はもしかしたら単純なのかもしれない。


 ツイン・タワーで遭遇そうぐうした凶悪な魔物によって、メンバーのこころられたのだ。


 三面四翼さんめんしよくの番人。顔を三つも付けたその魔物との戦闘において、私のパーティーは敗北していない。たたかいには勝利した。死者0人。だれひとりけることない最高の生還せいかんは、街路がいろに入ってからは国民こくみん総出そうでの祝福につつまれていた。


 けれども三面四翼さんめんしよくはあまりに強すぎた。私をのぞくメンバーのみなは、誰もみずからのちからで勝利をもぎとったと思わなかった。沿道えんどうの人々の称賛しょうさんほこらしげに応じていたのは私だけで、他のメンバーは暗澹あんたんとした表情を崩さず、花束はなたばを素通りしていった。


 勝利に喜んでいたのは私だけだった。次なる冒険を見据みすえていたのも私だけだった。凱旋がいせんパレードも終わり、拠点きょてんの一室に全員が集まったときに、私はメンバーとの間にあるみぞが手を取り合えない深さと横幅になっていることを知った。


 私をのぞみなが、激闘げきとうのさなかで全滅ぜんめつを予感していたと主張したのだ。たましいきるとしんじて疑わなかったと言う。


 痛烈つうれつ批判ひはんが三方向から私に刺さった。


 クリティカル率60%オーバーをたたした活躍かつやくも、激しく変動するたHPをかみ一重ひとえした継戦けいせんラインも、私が指揮しきすることよってたくみに手繰たぐせた攻撃と防御のバランスは、すべて幸運の二文字として解釈かいしゃくされた。


 ――わたしたちは、いつ、どこで死んでもおかしくなかった――と。


 私の反論はんろんのほとんどはくうを切った。彼女たちの声のほうが圧倒的あっとうてきに大きかった。


『――もう無理。これ以上レベルを上げても無意味よ!!』

『――まだ続ける気!? 馬鹿じゃない? 命がいくつあってもんないわよ』

『――あたしの冒険はここまでみたい。もう充分じゅうぶんかせいだし、やれることはやったかなって』


 論争ろんそうの中心が、勝利しょうり条件じょうけんや幸運の所在地しょざいちではなく、パーティー脱退だったいの意思表明であると気が付いたのは、わりかしすぐのことだった。


 3人全員がパーティーから抜ける。それはパーティーの解散と同じ意味だった。


 とある関係者は私に問うた。

「なぜ引き止めなかったのか?」

 それができれば苦労はない。


 実際じっさいに付け加えることがあるとすれば、それはツイン・タワー攻略こうりゃくの以前から、みながすでに私とは別の方向の未来を向いていたということだ。


 その内情を私を少し知っていた。


 自己じこ保身ほしんだ。


 30をぎようかという年齢にさしかかっていた彼女たちの意識の中心にあったものは、次なる冒険ではなく結婚だった。彼女たちは婚期こんきかされていたのだ。彼女たちは温かな地元に帰り、最強のパーティーで稼いだあま財産ざいさん元手もとでにして、男と自分に首輪くびわめる安らぎを求めていた。


 私のパーティーは長い冒険者生活の中でこわれかけていた。動機どうきがあって、きっかけまで与えられたら、出来事できごとというものはわりかし自然に発生する。


 そして私はひとりになった。


 ただひとつだけ私にとって予想だにしなかたったことは、このあと私の心も折れたことだった。


 私ならばもう一度いちどできる。私ならばもう一度いちどパーティを作れる。私ならば単騎たんきでもダンジョンの攻略ができる。


 こういった気概きがいは、動き出した途端とたんことごとくつまらない雰囲気で回転した。なにからなにまで無駄むだに思えた。


 こちらの原因はもっと単純だった。仲間――すなわちパーティーとはそういうものだったのだ。


 うしなってから気がつく大切なもの。もはや馬鹿ばかげたひびきさえある懐古的かいこてきな教訓だと思っていた。だがそのような事実が、多くの人々の病的な無気力状態へと不透明な連結を果たし、なおかつ私もそういったものに感染かんせんする部類ぶるいの人間だと知ったのは、別れの旅路を歩み始めた彼女たちの背中を見送ったあとのことだった。

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