37.あたしたちの戦いはこれからだ!

 ゆいを見上げるゆうの視界のはし、離れた中庭の奥で、暁斗あきと桃花ももか驚愕きょうがくしていた。筐体きょうたい顕現けんげんしかねない緊張感に、かろうじて、志津花しづかの制止の身振りが間に合った。


 その暁斗あきと桃花ももかが、幹仙みきひさ葉奈子はなこを背中にかばって、半身はんみを一歩前に出す。特性体とくせいたいとしてのゆいを知らない幹仙みきひさ葉奈子はなこが、多分、まったく別の緊張感で納得した。


 ゆうゆいが、正確に言えばゆうだけまだ呆然ぼうぜんを引きずりながら、見つめ合った。


「ゆ、ゆい……ちゃん……? あの……ええ? い、生きて……?」


「死んだよ。もー、きっちりしっかり死んじゃったよ! あたし初めてだって言ったのに、ゆうくん乱暴で痛かった! ひどーい!」


 これ見よがしにゆうを指差し、ほおをふくらませて、泣き真似まで入れて忙しい。


「みんな、原子核からバラバラで、結晶単子けっしょうたんしにもなれてないよ。量子りょうしのゆらぎとか、かたよりとか、そんなレベルだよ!」


 ゆいが一度、空をあおいだ。地球の大気で散乱した太陽光が、宇宙を空色に染めている。


 ミクロに拡散した無数の粒子りゅうし、人の目には見えるはずのない不活性化した無機生命体の残留粒子ざんりゅうりゅうしの、薄膜はくまくのような輝きを見ていた。その向こう、実存宇宙じつぞんうちゅうに重なる、なにかを見ていた。


 それから満面の笑顔になって、ゆいが、コンテナ倉庫の山から飛び降りた。


「でも、ゆうくんと似たような感じでさ! 存在確率を情報化して、次元縦波干渉じげんたてなみかんしょうした時の宇宙のひずみが、あたしたちの実体とは全然別に残ってたんだよねー! そこから再構築できたんだから、すっごい超運ちょううん! スーパー奇跡きせき! もしかして、あたしたち神さまに愛されてる? ゆうくん、あたしのこと愛しちゃってる?」


「あ、あああ、あの、その、ええと……」


 このに及んで狼狽ろうばいするゆうに、ふわりと、ゆいが抱きついた。


 そのままとおり抜けて、相対位置が入れ替わる。お互い、即座に振り向いたので、遠目には抱きついた勢いで回転したように見えた、かも知れない。


「存在確率が薄いから、こうなっちゃうのはしょうがないの。幽霊よりはマシ、くらいかな」


 ゆいてのひらが、ひらひらとゆれる。


 ゆうはそれどころではなく、ほとんど無意識に、くちびるに手を触れていた。幻のような感触が、それでも確かに残っている。ゆいくちびるは、瑞々みずみずしく血色が鮮やかだ。


「がんばれば、もうちょっとくらいの感触は出せるけど、ゆうくんにはしてあげない。ホントはどこにいるかも、教えてあげない」


 足取りを一歩、二歩とはずませて、ゆいが後ろ手に離れる。また、空をあおいだ。


「だけど、みんな重なってるよ。ここらへんの宇宙の、どこにでも隠れてる」


「よ……」


 ゆうは、ゆいを追わなかった。ここにいる。一緒の宇宙そらで、今度は笑い合っている。


 言葉がふるえて、ほんの少しなのに、つなげるのに苦労した。


「よかっ……」


うそつき」


 ゆいが、言わせなかった。ゆうと同じ表情かおでも、精一杯の違う言葉を探して、言い放つ。


「あたしたち、しつこいよ! じっくり、ゆっくり再構築して、また暴れてやるんだから……ちょっと勝ったからって油断してると、危ないぞ!」


 こよみの季節は真夏まなつだ。の光も明るい。控えめだった暑さの、背中を叩くような声だった。


 そのまま、もうゆうを置き去りにして、ゆいが駆け出した。向かう方から、幹仙みきひさ葉奈子はなこも、歩行杖ほこうづえを忘れかけて走り寄った。


 暁斗あきと桃花ももかが、必死な目と身振りで、どういうことか説明しろとうったえていたが、ゆう志津花しづかも、深く息を吐くのがせいぜいだった。


「……わたくしたちの戦いはこれからです、ということですね」


 ゆうが、久しぶりな容量キャパオーバー寸前の半笑いで、かたわらの志津花しづかを見た。志津花しづかも珍しく曖昧あいまいな半笑いで、ゆうを見返していた。



********************



 同じ時刻、太平洋の海岸線と、ぎりぎり関東の山並みをのぞむ地方工業都市だった井之森市いのもりしの、県立井之森第一高等学校けんりついのもりだいいちこうとうがっこう廃墟はいきょに、小さなブーイングが響いた。


 半壊した校舎の屋上で、白い鉱物質こうぶつしつ表層外殻ひょうそうがいかく羽衣はごろもまとったゆいが、空をあおぐ大の字にひっくり返る。


「そーんなこと言ってるけどさ、リーダーさまのゆいちゃんさま。愛しちゃった人? に、愛されてることを実感したら、素直になるのが、トレンディに左右されない普遍的な可愛さだと思うよ?」


『うっさい! 存在理由レーゾンデートルとか、連続性自己認識アイデンティティとか大事! どぅーゆーあんだすたーん?』


「まあ、幽霊よりはマシな程度だし? 炭素結合と水素結合の高分子で、プリプリのムッチムチを再構築するには、まだまだかかりそうだけどねー」


脂肪しぼう駄目肉だめにくって言うな』


「言ってませーん」


 総合病院にいるゆいと同じ、少しだけ無機質なあかみがかった瞳で、ほくそ笑む。


「んー、それじゃあさ。今はちょっと限定的だけど、超空間並列共有知能ちょうくうかんへいれつきょうゆうちのうの、すっごいかしこゆいちゃんさまにいい考えがあります。聞いてみない?」


『本当に限定的だよね。聞かないと共有できないの? あたし今、有機生命体ってわけでもないんだけど』


「それこそ連続性自己認識アイデンティティだよ。大事、大事!」


 とりあえず、秒で論破するかしこさは健在のゆいが、ひっくり返ったまま太陽に向けて一本指を立てた。


「まず、ゆうくんと子供を作ります」


『早っ! まず、が早いよ! さっきの、また暴れる宣言もガン無視じゃん!』


「いいから、いいから。で、産む時に脳とか脊髄せきずいへ、ちょこちょこっと置換変成ちかんへんせいを仕込みます。成長しながら、あせらずゆっくり丁寧ていねいに、ってやつ」


『……おお。危なそうになってきた』


「女の子を二人か、それ以上にはがんばってもらってさ。みんな倍々で増やしていけば、三十七世代おおよそ一〇〇〇年で、一〇〇億人の置換変成ちかんへんせいがコンプリート! 人類みんなあたしたち計画!」


『なし、じゃないね』


「でしょー?」


 悪い顔で、誰もいない空間にガッツポーズをして見せる。なかなか遠大な地球侵略の、善処ぜんしょっぽい検討が開始された。


 ゆいが立ち上がり、表層外殻ひょうそうがいかく羽衣はごろもを広げて、空へ呼ばれるようにゆっくりと浮かんだ。


「のんびり行こうよ。時間勝負は、無機生命体の独擅場どくせんじょうなんだから。あたしたちの戦いはこれからだ! ってことで、さ」


 無数の赤い粒子光りゅうしこうが、きらきらと羽衣はごろもにはらんでまたたいた。


 そしてゆいも、粒子光りゅうしこうも、太陽と地球と月と宇宙、世界の輝きに大きく拡散して、散逸さんいつして、溶けて消えて重なっていた。



〜 宇宙が堕ちてくる日、遠く彼方の君に、逢いに行く 完 〜


or 超機動合神ちょうきどうがっしんサーガンディオン

- At the day of universe falling down, to the far away for you darling dear - 完

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