35.愛してくれなくても

 日緋色金ひひいろかねの輝きの中で、五爪竜ごそうりゅう十翼鳥じゅうよくちょう、異形の戦神が一つに重なった。そして白熱煌はくねつこうの閃きとなって、一瞬の亜光速で、宇宙を縦横無尽じゅうおうむじんはしり抜けた。


 赤い星空を塗り替えた。残っていたすべての敵性群体てきせいぐんたいの、粒子光りゅうしこうり裂いた。


 軌跡が、閃きの無数の線が、まだ輝いている。遠呂智おろち対峙たいじする一点、現れた同じ位置に、白熱煌はくねつこうが降り立った。地球を背負ったそこが、今、宇宙の中心だ。


 輝く軌跡が収束する。白熱煌はくねつこうが物質化する。


 積層金属質せきそうきんぞくしつ鎧装がいそうが、純白にわずかな黄金を溶かした、日の緋色の光を放つ。


 猛々たけだけしく巨大な四肢は、前腕下腿ぜんわんかたいにさらに巨大な外殻がいかく五爪ごそうを備えて、胸部鎧装きょうぶがいそう双角双鬚そうかくそうしゅの竜の頭となり、背部から長大な装鱗そうりんの尾をたなびかせている。頭部の桂冠けいかんには、三本の結節衝角けっせつしょうかくの他におおとりはしと翼を加えて、さらに肩と両肘りょうひじ腰背ようはい、両足首にそれぞれ一対、大きく十翼を広げていた。


 そして幾何学的な仮面の両眼から、そこだけ赤い裂線れつせんを刻んだ異形畏相いぎょういそう顕現けんげん日緋色金天神ひひいろかねのあまつがみだ。三柱みはしら言霊ことだまが唱和する。


神威降臨しんいこうりん!! サーガンディオン=超機動三位一体合神トリスメギドス!!』


 頭郭最深槽とうかくさいしんそう水転写すいてんしゃを三分割して、それぞれが各々にゆうを見る。


「やれやれ、分神使ぶんしんつかいの荒い兄弟だ」


「超光速で、おっ待たせーっ!」


何処いずこの果てまでも共に、ゆうさま」


 ゆうは三人の視線を受けて、前を向く。ゆうとして、瞳に力を込める。


 遠呂智おろちあぎと、膨張した腔内こうない脈動みゃくどうする真紅の鉱眼こうがんが、おそれを超えてがれるあかにみなぎった。


 粒子光りゅうしこう連鎖結節れんさけっせつを燃え上がらせて、はるか遠く、引いていた月を切り離す。またたく間に波打ち飛来した、輝き燃える刃のむちが、真空を何重にもぎ払って旋回する。


 全長が十万キロメートルを上回る文字通り蛇腹じゃばらの連装刃、神へとあだなすしきなだがその身に宿した、まさに奇蛇剣くさなぎのつるぎだ。


 遠呂智おろちを除く敵性群体てきせいぐんたい駆逐くちくされた宇宙を、黒に戻った戦場宙域を、新たに奇蛇剣くさなぎのつるぎが埋め尽くす。鉱物質の密度が空間を圧縮する。


 遠呂智おろち日緋色金天神ひひいろかねのあまつがみ、戦場宙域を丸ごと飲み込んで密集した連装刃が、星の終末の赤色巨星にも似たまゆとなる。


 流体金属のように無数無限、無尽蔵に流れる連鎖結節れんさけっせつの刃が、鎧装がいそうり結ぶ瞬間に剥離はくりし、反物質化して対消滅ついしょうめつ、互いの同質量を光速の二乗倍の電磁放射に散乱させる。赤い粒子光りゅうしこうまゆが、飲み込んだ異物をなく刃で咀嚼そしゃくし、原子核崩壊で消化する。


 動きを縛った目標に、真紅の禍津星まがつぼしが視線を定める。おもかたき胎内なかに抱いて、溶け合う恍惚こうこつ脈動みゃくどうを激しくする。


 そして日緋色金ひひいろかねの輝きも、同じ激しさに脈動みゃくどうした。荒れ狂う奇蛇剣くさなぎのつるぎをすべて身に浴びながら、きざまれる以上の凄まじさで再構築して、たぎり立つ。


 サーガンディオン=超機動三位一体合神トリスメギドスが、前腕下腿ぜんわんかたい外殻五爪がいかくごそう二十爪にじゅうそう、頭部と肩、腰背ようはい両肘りょうひじと両足首に各一対の十翼、桂冠けいかんに三本の結節衝角けっせつしょうかくと両腕三対の牙爪がそう連太刀れんだち、そして背尾はいびから展開した八十九舞やくも装鱗そうりん、その事如ことごとくから白熱煌はくねつこうの大剣を発した。


 百二十八支日緋色金ももふたはしのひひいろかねが、奇蛇剣くさなぎのつるぎを打ちはらい、二人の彼方かなたを道でつないだ。


ゆいちゃん。君にこたえる」


 ゆうが、涙を流した。その涙と言葉を乗せて、彼方かなたを超えて飛翔する。


「辛くて悲しい君も、どうしようもなく怒ってる君も、全部を受け止める! 君が信じてくれた俺になる!」


「『ゆうくん……』」


 遠呂智おろちもまた、飛翔した。無限にき立つ連装刃を炎のようにまつろわせ、禍津星まがつぼしそのものとなって相向あいむかう。


 日緋色金天神ひひいろかねのあまつがみ禍津火遠呂智まがつひのおろちが、ゆうゆいが、同じ表情を同じ刹那せつなに交わし合う。


ゆいちゃんっ! 君と一緒の宇宙そらで泣いて、君が守りたかった地球せかいを守って見せる!!」


「『ゆうくんっ! ありがとう! その約束、忘れてやらないからね!!』」


 脈動みゃくどういただきに昇る。最終最期の超時空震ちょうじくうしんバーストが、二人の真ん中で発生した。


 瞬間、完全同時の逆位相、相転移そうてんい超時空震ちょうじくうしんバーストを、百二十八支日緋色金ももふたはしのひひいろかねが砕け散って発振はっしんした。


 空間そのもの、折り畳まれた多重次元の振動が双方向に相殺そうさいされて、実存宇宙じつぞんうちゅうの距離を超越し、あらゆる素粒子そりゅうしが静止した。


 天体の運動も、地球の崩壊も、月の軌道遷移きどうせんいも静止した。生命も時間も静止した。


 静止した二人の宇宙で、サーガンディオンの、ゆうこぶしが、ゆいの至近にとどいていた。


 二人だけがそれを認識して、そこにいた。


 ゆいが、吐息といきを混じえて微笑ほほえんだ。


「『神さま。あなたが、愛してくれなくても……』」


 ゆいも鉱物質の手を、ゆっくりと握る。目の前の巨大なこぶしに、いとおしそうに、自分のこぶしをこつんと当てる。


「『それでも、あたしたちは……生きたかったよ』」


 ゆいの言葉を、ゆいのすべてと遠呂智おろちを、赤い粒子光りゅうしこうまゆを、あたたかい日の緋色の輝きが包み込んだ。


 広がり、満たして、収束して消える。そしてまた、宇宙が動き出す。


 ゆうこぶしを握ったまま、そこにいた。ゆいのいなくなった宇宙で、ほんの少しの間、地球の青さと太陽風だけを感じていた。



********************



 宇宙規模の特異災害とくいさいがいは、終焉しゅうえんした。


 月は異常な外力から切り離されて、衛星運動の遠心力で、本来の軌道に戻って行った。消費した質量もあるが、大きな影響にはならなかった。


 潮汐力ちょうせきりょくの変化による地球の崩壊は、かろうじて地殻ちかくプレートの損傷までは至らなかった。各地で断続だんぞくする地震や津波、不可逆的な気候変動は、もう、やむを得ない。国家体制や秩序を維持いじできる瀬戸際で持ちこたえたのは、間違いなく人類の強さだった。


 宇宙から襲来した無機生命体の残留粒子ざんりゅうりゅうしは、月でも地球でも、不活性化して環境に散逸さんいつした。


 地球と人類、地球の有機生命体は、絶滅の危機を乗り越えて、生き延びた。

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