34.唯ちゃんのままだったよ

 遠呂智おろちが、残った樹冠じゅかんの翼を羽ばたかせて間合いを開けながら、あぎとの一つを除いた十二の禍津星まがつぼし脈動みゃくどうさせた。三重連、いや四重連の二層と単発の四層に、脈動みゃくどう分律ぶんりつする。


 超空間並列共有知能ちょうくうかんへいれつきょうゆうちのうによる偏差予測へんさよそくだ。鉤爪かぎづめむちも、宇宙を埋めた敵性群体てきせいぐんたいも、ここぞと密度を上げて押し寄せる。


 白銀大神しろがねのおおがみが、自らがほとばしらせた光の葦原あしはらを跳躍し、偏差へんさを拡散させながら遠呂智おろちへ進撃する。


ゆいさま。あえて。そこを曲げて、お願い申し上げます。ゆうさまの……」


 なおも言葉をつむごうとする志津花しづかを、ゆうてのひらが止めた。水転写に合わさるてのひらが、少しだけ形を変えた。


 ゆう志津花しづかに、そしてゆいに、精一杯の気持ちで笑って見せた。


ゆいちゃん。俺は君に、あやまりたかった。でもそれは……ごめん。自分の気持ちの、押しつけだったかも知れない」


 サーガンディオンの、結節衝角けっせつしょうかく火之輪ひのわ牙爪がそう連太刀れんだち双脚鎧装展開翼そうきゃくがいそうてんかいよくが、ちてくる宇宙を、敵性群体てきせいぐんたいを叩き、砕いて、押しとどめる。


「都合よく、許して欲しかった。嫌われたくなかった。ゆいちゃんが言ったように、全部くらべて、足して合わせて……最後の部分は結局、それだけだったかも知れない」


「『そうだよ! だから、あたしは!』」


 ゆいが叫ぶ。遠呂智おろちが吠える。


 単発四層の真紅の鉱眼こうがんが、サーガンディオンの機動を追いつめ、待ちかまえて、次々と発破はっぱした。偏差を重ねて四度、超時空震ちょうじくうしんバーストがサーガンディオンを包み込み、破壊して、宇宙をゆるがした。


 紙一重をすり潰しながら、崩失領域ほうしつりょういきを抜けるわずかな欠片かけらでも核にして、神威しんい顕現けんげんいつたび黄泉帰よみがえる。


 再び至近で交わるお互いに、遠呂智おろちが、四重連二層の脈動みゃくどうを収束させた。


「『あたしは! そんな言葉が、聞きたかったわけじゃ……ッ!』」


 サーガンディオンが異形の両腕の、こぶしを握り締めた。だがゆうが、てのひらの力を解いた。


「本当にごめん、ゆいちゃん」


 サーガンディオンのこぶしが動きを止めた。四重連の超時空震ちょうじくうしんバースト、二層で八つが、ほぼ同時に発生した。


 敵性群体てきせいぐんたいの星々も、かわしきれなかった遠呂智おろちあぎとの一部や鉱眼こうがんを失った樹冠じゅかんの翼、蛇腹じゃばらのほとんどをも巻き込んで、サーガンディオンと、サーガンディオンが存在していた実存宇宙じつぞんうちゅうと多重次元を、完全に崩失ほうしつさせた。


 開闢未曾有かいびゃくみぞうの連続時空災害現象に、次元縦波干渉じげんたてなみかんしょうの、破壊的な音響が宇宙全域を共鳴させた。


 なにもかも、その狂騒が無にしずまるまで、停止していた。


 赤い粒子光りゅうしこうもまばらになった戦場に、天降あまくだるべくの地球と、遠く尾にく月と、しょくになった太陽、そして翼をもがれた半壊の遠呂智おろちが残されていた。


 ゆいが、呆然として目を見開いていた。


 瞳のあかがゆれた。


「『……』」


 両のほほ表層外殻ひょうそうがいかく、ひび割れた隙間を走る粒子光りゅうしこうが、同じようにゆれた。


「『あやまって……欲しかった、わけじゃ……』」


 ゆいは、呆然と見ていた。サーガンディオンが失われた戦場を、勝利したはずの戦いのあとを、その先の地球を見ていた。


 しょくの太陽風が薄暗く照らしているはずの地上を、崩壊のきわにある日本を、井之森市いのもりしで終末の空を見上げる人々を見ていた。


 もう離れてしまった彼方かなたの向こう側で、此処ここを見上げる葉奈子はなこ幹仙みきひさを見ていた。いつかの景色、その横にいたはずの残像を見ていた。


「『ゆ……』」


 探した言葉が、鉱物質のくちびるからもれそうになった。そのくちびるへ、そっと触れるように、宇宙がまた、わずかにゆれた。


 小さなあお燐光りんこうが、遠呂智おろちと地球の間にともる。静寂のまま、一輪の波紋が広がった。


 鋼鉄を束ね合わせたような体躯たいくが、再構築された。積層金属質せきそうきんぞくしつ鎧装がいそうまとい、猛々たけだけしい異形の四肢と牙爪がそう、頭部には桂冠けいかんと三本の結節衝角けっせつしょうかくを備えた白銀大神しろがねのおおがみ、サーガンディオンだ。


 胸部鎧装きょうぶがいそうの前で、あお燐光りんこうが形を変えた。わえた長い黒髪に、白い小袖こそで緋袴ひばかま志津花しづかが、端然たんぜんと指をそろえる。


 そしてもう一人、くせの黒髪に紺色こんいろブレザー、グレーのタータンチェックのスラックスで、ゆう志津花しづかとサーガンディオンを従えて立っていた。


 ゆいが、放心したように目をまばたかせた。


「『そんな……どうして……?』」


「神さまは、さ。信じてくれる人がいれば、大丈夫なんだ」


 ゆうが、言葉を抱くように、自分の胸に触れた。


「宇宙ができた時からずっと、るんだからさ」


「『誰も、いるはずない……神さまの優くんを知ってる、信じてる人なんて、どこに……』」


 ゆいの瞳が、ゆうを見た。


 ゆうの瞳が、ゆいを見た。


ゆいちゃんは、やっぱりゆいちゃんだよ。最後の最後は、俺や、みんなのことを心配してくれる……ゆいちゃんのままだったよ」


「『……まさか! あたしの記憶を情報の核にっ!?』」


「その通りです。ゆいさまが、ゆうさまをおもい始めていた時から、すでに」


 志津花しづかゆうゆいを見て、いたむように一礼する。


ゆいさまが勝利することは、不可能だったのです」


 志津花しづかゆう、サーガンディオンをつないだあお燐光りんこうが、輝きを増す。遠呂智おろちが、初めておそれを抱いたかのように、咆哮ほうこうした。


 尾の連鎖結節れんさけっせつを膨張させ、月を、質量を手繰たぐり寄せる。粒子光りゅうしこうあかい槍となって宇宙をはしり、月の鉱石が遠呂智おろち蛇腹じゃばらあぎとを、さらに巨大に再構築する。


 腔内こうないのただ一つ、一極最後いっきょくさいご禍津星まがつぼしが、最大の真紅の脈動みゃくどうふるわせる。


「『だったら! 情報の核になってる、特性体あたしごと……っ!』」


「もう、あやまることに逃げないよ。ゆいちゃん」


 ゆうが、自分の胸に触れていた手を頭上に掲げて、今度こそ強くこぶしを握り締めた。


『こい!! が意志と力の分神ぶんしんよ! つどいて合神ごうしんし、星のちゆく宇宙そらに光を示せ!!』


 ゆう言霊ことだまに、白銀大神しろがねのおおがみが呼応する。あお燐光りんこうが、日緋色金ひひいろかね白熱煌はくねつこうに輝きを変える。


 そして、すべてを圧して天照あまてら白熱煌はくねつこうが、五爪竜ごそうりゅう十翼鳥じゅうよくちょうをもかたどった。

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