29.甲斐がありません

 光の速さへ近づくにつれて広がる相対時間差を、演算高速化クロックアップで圧縮する。


 の一秒が、の一〇〇〇秒に相対するなら一〇〇〇倍に、の一〇〇〇の二乗秒に相対するなら一〇〇〇の二乗倍に、演算処理を圧縮して準光速のをつなぎ合わせる。


 境界の戦場で桃花ももかが、アルスマギウスが、先行していた一個の敵性群体てきせいぐんたい錐形飛翔体すいけいひしょうたいを捕捉する。


 同時に、錐形飛翔体すいけいひしょうたいの方もアルスマギウスを認識して、円錐えんすいの底面に並んだ花弁のような、八本の触腕しょくわんうごめかせた。


 それは導体元素ニューロンによる超伝導演算と超空間並列共有知能ちょうくうかんへいれつきょうゆうちのうが、類似るいじ演算高速化クロックアップで時間差を相殺していることも示していた。


 存在確率の情報化と次元縦波干渉じげんたてなみかんしょうの共振、星間物質の凝集による質量の再構成で、億単位の光年を跳躍するテレポートさえ模倣もほうして見せた敵性群体てきせいぐんたいだ。


 なにを今さらだ。むしろ想定していなかった方が、が抜けている。


 圧縮した演算処理で、余計な文脈まで読み取って、桃花ももかほおをひきつらせた。


ざかしいんだよっ! 石ころの分際ぶんざいでぇっ!」


 強襲離脱のお返しとばかりに追い越しながら、翼端よくたんからほとばしらせた閃火せんかで、まとめて二本の触腕しょくわん焦断しょうだんする。


 そのまま十翼じゅうよくを羽ばたかせ、白炎びゃくえん煌流こうりゅうを太陽光のように噴出する。準光速の世界で、さらに加速する。


「どーんなもんだい! ちゃんちゃら無駄な御苦労さま! 次の周回遅れで、その貝殻の化石みたいなトンガリごと、バラバラに……」


 桃花ももかの軽口が、続かなかった。後背こうはい錐形飛翔体すいけいひしょうたいが、赫灼かくしゃくの尾の太さを増して加速した。


 放射線が可視光のように散乱する。核パルスジェット推進だ。


 円錐えんすいの底面で自らの質量、鉱物結晶こうぶつけっしょう爆縮ばくしゅくして電磁場でんじばでパルスを整流噴射、核爆発の連続による多段加速で、錐形飛翔体すいけいひしょうたいがアルスマギウスに猛追もうついした。


「そんな、不細工な力技ちからわざっ?」


 少し裏返った桃花ももか驚愕きょうがくに、ドヤ顔を返したわけでもないが、錐形飛翔体すいけいひしょうたいの残り六本の触腕しょくわんがアルスマギウスを指向、先端を射出した。


 各個に小質量の敵性群体てきせいぐんたいだ。同じく核パルスジェットの尾をいて、錐形飛翔体すいけいひしょうたいからの慣性かんせいに加速度を上乗せする。


 咄嗟とっさに回避機動をしたアルスマギウスに、パルス噴射のベクトル調整までして見せる。白炎びゃくえん煌流こうりゅうをかいくぐり、閃火せんかに迎撃された四つの残光を抜けて、二つが翼に到達した。


 アルスマギウスの十翼じゅうよくが、触腕しょくわんの先端と共に、その二翼を消失した。膨大ぼうだいな電磁放射が構成物質を崩壊させて、散らし飛ばした。


 敵性群体てきせいぐんたいの生命活動、素粒子そりゅうし置換変性ちかんへんせいを応用した電荷の反転、真空の宇宙でのみ可能な電子から陽電子への変換だ。


「反物質化の対消滅誘導弾ついしょうめつゆうどうだん……!? どこまで趣味的なのさッ? あんたらもッ!」


 おおとりの左眼の中だけに、やや八つ当たり気味の怒声が響く。


 それでも十翼じゅうよくを再構成して、なおも猛追もうついする錐形飛翔体すいけいひしょうたいをかわし、アルスマギウスが機動する。


 位置取りを激しく争い、新たな触腕しょくわんの先端が射出されて、翼端よくたん閃火せんか十束とつか羽々斬はばきりとなって打ち振るわれる。


 相対時間さえゆがむ境界の戦場に、準光速の機動格闘戦が繰り広げられた。



********************



 地球を背負って、重なった太陽と月の影を見る。赤い粒子光りゅうしこうに染まった真空で、小さく輝く日食の金環きんかんと、白銀大神しろがねのおおかみが向かい合う。


 押し寄せる敵性群体てきせいぐんたい駆逐くちくしながら、サーガンディオンが宇宙にたけり立つ。


 優は目をらさなかった。戦うこと、殺すことに、もう言いわけを探さなかった。この場所に立つことを、自分で選んだからだ。


 それでも苦しかった。地球の表面で進行する地殻変動ちかくへんどう成層圏せいそうけんで進行する気象の狂乱、膨大ぼうだいに失われていく有機生命体と、そして背後の戦場で発生している異変が、サーガンディオンを通じて認識できた。


 暁斗あきと桃花ももか、パルバトレスとアルスマギウスの直面している状況が、伝わってきた。


志津花しづかさん……!」


「進むだけです、ゆうさま。わたくしがお支えします」


 志津花しづかが、毅然きぜんと言う。


暁斗あきと桃花ももかも、わたくしも、生命進化を導く神の御意志ごいし……いえ、ゆうさまのたすけとなるために、神威しんいかたれた分神ぶんしんです。今こそ、と言えるこの時に信頼いただけないようでは、甲斐かいがありません」


甲斐かい、ってさ……」


「まったくもってのお邪魔虫たちですが、その程度は認めてやります」


 ふん、と鼻息が荒ぶる志津花しづかに、ゆうも苦笑する。肩をすくめて、進む先へ向き直る。


 応じるように、戦場もまた変化した。赤い星の海が、ゆっくりと退きながら広がっていく。潮目しおめが別れるように、草原が風でひらかれるように、柱廊ちゅうろうが通じていく。


 日食の金環きんかんが、細くかげっていた。直線に並んだ太陽側から、月が、地球との距離を縮めていた。


 その月から、はるかに天を渡って、鉱物結晶こうぶつけっしょう連鎖結節れんさけっせつが伸びていた。柱廊ちゅうろうの真ん中を泳いでいた。


 地球側、最果ての突端とったんに八節の太い蛇腹じゃばら、四節目に大きく樹冠じゅかんを広げたような左右の翼があり、一節目に巨大なあぎとが開いて、その上で帆船はんせんのフィギュアヘッドのように、表層外殻ひょうそうがいかく白衣しらぎぬまとゆいの上半身がたたずんでいた。


 ゆいからあぎとへ、あぎとから蛇腹じゃばらへ、樹冠じゅかんの翼へ、粒子光りゅうしこう走査そうさして、ゆいと巨大な遠呂智おろちが同一にわらう。


「『良かったー! きてくれたんだね、ゆうくん。嬉しいな!』」


 ゆいが、ことさら大きく見せるように、瞳とくちびると、両腕を開いた。


 まぶたと目尻、口の上下とはし白衣しらぎぬの胸と肩とひじと指、動いた部分の表層外殻ひょうそうがいかくが毛細血管のようにひび割れて、すぐに融着ゆうちゃくして戻る。きらきらと微細片びさいへんが舞う。


「……ゆいちゃん」


 サーガンディオンの頭郭最深槽とうかくさいしんそうで、ゆうは、意識して深い呼吸と一緒につぶやいた。


 互いの言葉が、空間そのものの縦波共振たてなみきょうしんになって、交感した。

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