30.ここにいるよ

 赤い光に輝く無数の鉱物結晶こうぶつけっしょう、単一にして全の無機生命体、八百万やおよろず同胞はらからを従えて、宇宙を天降あまくだり超えてきた叛逆はんぎゃく遠呂智おろちが、ゆうを見る。


 その災厄さいやくから、個にして無限の有機生命体を守り、生命進化の摂理をつなぐため、時間も因果律いんがりつも集束した事象じしょう特異点とくいてんを創造し、降臨こうりんした神の現身うつしみ異形いぎょう白銀大神しろがねのおおがみが、ゆいを見る。


「うん……きたよ、ここまで」


 ゆうが、言葉にして微笑ほほえんだ。


「なんか俺、神さまだったみたいだからさ」


「『ねー! びっくりだよねー!』」


 ゆいの笑顔は、ほんの少し前、学校からの帰り道で騒ぎ合っていた頃と同じだった。


「『ずっといたかった、すっごいムカつくテンプレ駄目オヤジ! それがゆうくんなんて、あたし的には、ちょっと複雑だったけど』」


「テ、テンプレ? 駄目オヤジ?」


「『そー! 一升瓶を抱えて昼間っから大暴れするとか、会社に泊まり込んでお色気な秘書と不倫するとか、そーいうヤツ!』」


「両極端だね。ええと、どっちも想像が難しいんだけど、神さまっぽいの? それ」


「『イメージ! イメージの話! ゆうくんはそんな感じしないから、あたし的にも、ちょっと複雑だった、ってこと』」


「そうかな。そうかも。複雑だよね」


 ゆうが吐息をもらした。もしかしたら、どこかでしていたかも知れない、いつかしたかも知れない、他愛のない会話が心地よかった。


「俺は、ちょっとどころじゃ済まなかったよ。でも、なんて言うのかな……安心もしてる、じゃ、情けないかな」


「『情けないのがゆうくんだよ! あ、ごめん。ほめてる。でも、安心してくれてるって、どういうことかな?』」


「今ここで、ゆいちゃんと話ができるのが、他の誰かじゃなくて俺でよかった」


 サーガンディオンの鎧装がいそうが、あお燐光りんこうを増した。一呼吸を置いてこたえるように、遠呂智おろち八百万やおよろずの星々も、赤い粒子光りゅうしこうまたたかせた。


「『大丈夫。あたしは……ちゃんと、ここにいるよ』」


 表層外殻ひょうそうがいかく白衣しらぎぬを押し抱くように、上半身だけのゆいが、両腕を胸で交差する。


「『でも、お月さまとも、おしりの尻尾の先っちょでつながってる。少しずつ、こっちに引き寄せてるよ』」


ゆいちゃん……」


「『物理の授業、ちょっと苦手だったし、地球がどうなってるのか……ちゃんとは、わかんないけどさ。でも大変だよね、きっと?』」


 ゆうは、ほとんど無意識にてのひらを握った。頭郭最深槽とうかくさいしんそうの、水転写の志津花しづかが、しっかりと握り返す。潮汐力ちょうせきりょくと重力場の急変動で崩壊にひんしている地球は、背後の水面境界すいめんきょうかいに、まだ青く輝いていた。


「『ゆうくん、あたしね……気持ちを正直に告白するなんて、初めてだったから。けっこうがんばって、勇気を出したんだよ』」


 ゆいの瞳が、虹彩こうさいを拡大する。真紅の鉱石が、身体の奥底からの、無機のあかを放射する。


ゆいちゃん、俺は……っ!」


「『本気の答え、聞かせて欲しいな!』」


 遠呂智おろちの巨大なあぎとが、上半身だけのゆいかんむりいただくように、六芒ろくぼう裂開れっかいした。腔内の暗がりで、ゆいの瞳と同じ真紅の鉱石が、あぎとよりなお巨大な単眼をともらせる。


 八節の太い蛇腹じゃばらがすべてひび割れ、ふくれ上がって、四節目になら樹冠じゅかんの翼を生やした。それぞれ左右に広げた翼の中央と、六芒ろくぼうあぎとの腔内、合わせて十七曜じゅうしちようの真紅の鉱眼こうがんが、禍津星まがつぼしのように見開いた。


 ゆう志津花しづかが、両腕を大きく広げた。


 サーガンディオンの四肢の牙爪がそうがことごとく伸長して、連太刀れんだちとなる。双脚鎧装展開翼そうきゃくがいそうてんかいよく煌流こうりゅうがほとばしり、白く燃えるような葦原あしはらとなる。


 赤い星空、ちてくる宇宙に、御魂みたまを重ねた白銀大神しろがねのおおがみが立ち塞がった。



********************



 次元のゆがんだ空間、異次元存在の連続ハニカム立方格子重層殻りっぽうこうしじゅうそうかくが包み込んだ戦場を、光の竜、広域戦闘特化筐体こういきせんとうとっかきょうたいパルバトレスが雄飛ゆうひする。長躯ちょうくを縦横におどらせて、舞うようにぶ。


 すべての装鱗そうりんが展開し、叢雲むらくもとなって従い、閃火せんかの収束光を乱れつ。


 ハニカム立方格子重層殻りっぽうこうしじゅうそうかくを構築する敵性群体てきせいぐんたいも、膨大ぼうだいな宇宙放射線をプリズム偏向へんこうした不可視のビーム照射で、パルバトレスの白炎びゃくえん穿うがち、構成物質の原子核を崩壊させる。


 可視光、電磁波、重力波、あらゆる信号の位相を曲げた異次元の存在は、狙うことも捕らえることも不可能だ。だからパルバトレスの右眼の虹彩こうさいで、暁斗あきとは笑って見せた。


 敵性群体てきせいぐんたいの方は、こちらを捕らえている。曲げた位相を逆算して、ビーム照射の瞬間だけは、必ずこちらを見ている。


 暁斗あきとはパルバトレスの長躯ちょうくで、決して留まらず、重ならない、流れる水の軌跡を描いた。その流転の中で、叢雲むらくも装鱗そうりんが射角を自在に変える収束光は、無限に拡散して戦場を走査した。狙いなど関係なく、空間を灼き尽くすいかずちだ。


 何度目かの、ビーム照射で崩壊させられた前肢ぜんし後肢こうしを再構築しながら、暁斗あきとはソフトモヒカンの銀髪をかき上げた。


「さあ、どうする? 欠片かけらども。物質に本当の無限はない、全知全能の神を相手に、我慢くらべはがないだろ……」


「『おー、すごいね! がんばってるねー!』」


 パルバトレスの鼻先で、可視光が結像した。


 表層外殻ひょうそうがいかく白衣しらぎぬまとう上半身と、真紅の鉱石の瞳が、わずかに背後の宇宙を透過する。栗色くりいろのショートヘアだけが、悪い冗談のような人間らしさだった。


 暁斗あきとが、文字通りに鼻白はなじろんだ。


浅久間あさくまゆい、か」


「『んん、それは分かれる前の名前なんだけど……ま、いっか。別のなにかってわけでもないしね。はい、浅久間あさくまゆいです!』」


 ゆいの結像が、笑顔の情報を貼りつけながら、パルバトレスの右眼をのぞき込む。


「『わぁ! ちょっと濃いめで好みじゃないけど、カッコいいお兄さん! お兄さんのお名前は?』」


「分かれる前……特性体とくせいたいを含めた共有知能のネットワークから、独立したのか? 妙だな。この状況で、スタンドアローンに利点はないはずだ」


「『あれ、ガン無視? 感じ悪ーい……でも、まあ、あたしこう見えて意識高いから! 心広いから! そう、向こうから分かれて、独立したの。お兄さんと同じだね』」


「我ながら、上手うまくないな。今のはイラッとしたぞ。俺と、おまえら欠片かけらが同じだと?」


「『似たようなものって言ってくれたよね? それから、うん、デートに野次馬は迷惑だよね! だから分かれて、お兄さんと遊ぶことにしたの。ほら同じ!』」


 自分の軽口で論破されて、暁斗あきとがもう一度、鼻白はなじろんだ。見透かすように、ゆいの結像の笑顔が曲がる。


「『今のお兄さんも、ゆうくんとはつながってないし、全知全能の神さまとだって分かれてるよね? あたしと同じ……物質だし、本当の無限じゃない。でしょー?』」


 ことさら右眼でウィンクしたゆいの結像に、暁斗あきとが肩をすくませた。そして顔と意識を、引き締めた。

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