28.ぼくの領域だよ!

 すべての装鱗そうりんを展開したパルバトレスは、全身が白炎びゃくえん煌流こうりゅうに輝く、光の竜だ。


 その光が収束して、宇宙の黒に放射の光線を描く。一つ一つは小さく半透明な装鱗そうりんが、距離と傾きを変化させて、光線の射角を自在に操作する。空間が網の目にかれて、パルバトレスに接近しようとする敵性群体てきせいぐんたいが、次々に撃ち抜かれていく。


「俺たちは、全知全能の神ってやつにつながる存在でな。そう考えれば、おまえたちと似たようなものかも知れないが……」


 竜の右眼の虹彩こうさいで、暁斗あきと獰猛どうもうに、歯をいた。


「だからこそ、この程度の演算処理で遅れると思うなよ!」


 敵性群体てきせいぐんたいは、無数に撃ち抜かれても、なお数を増していた。小さく分裂しながら、パルバトレスを包囲して、あふれていた。


 遠く近く、厚く重なる粒子光りゅうしこうで、宇宙が赤い。無限の各個が、無限に異なる軌道で旋回する。


 全身から閃火せんかを放ち、展開した装鱗そうりんを操りながら、パルバトレスは、暁斗あきとは待っていた。


 自らを中心とした広域戦闘はパルバトレスの本領だ。どんなに数が増えようと、最終的に近接突撃するだけが能なら、相手にならない。真空の宇宙空間では、音波振動を破壊力にすることもできない。


 超空間並列共有知能ちょうくうかんへいれつきょうゆうちのうを持つ敵性群体てきせいぐんたいに、他星系での接触も含めて、こちらの戦い方は充分に見せている。ここから先が、必ずある。


「神にケンカを売ったんだ。それくらいは、期待させてもらう……」


 うそぶきながら、撃ち続けていた収束光の一射が、標的の敵性群体てきせいぐんたいをわずかに外した。


「……っ!」


 彼方かなたに遠い照準が、小さくれた。それだけの違和感が、戦慄せんりつになって暁斗あきとつらぬいた。


 演算処理に狂いはない。狂っているのは、入力信号だ。


 可視光が曲がっていた。電磁波も、質量が持つナノ数乗すうじょうの重力波さえ、曲がっていた。収束光で撃ち抜かれ、蒸発した敵性群体てきせいぐんたいちりが、パルバトレスを包囲する広大な球状空間を満たしていた。


 いや、違う。自らの一部が蒸発するガスをも推進力に、微細粒子びさいりゅうしにまで分裂した極小単位の敵性群体てきせいぐんたいが、宇宙を深淵しんえんの赤に染めていた。


 それをからで包むように、辺縁へんえん敵性群体てきせいぐんたいが配列を変えた。六角の頂点でつながっていく。並び、重なって、連鎖する。


 見えていても、見えている座標に存在しない。そこにあるものが、そこにない。同じ宇宙にいながら三次元が異なる、異次元存在の連続ハニカム立方格子重層殻りっぽうこうしじゅうそうかくが戦場を包括ほうかつする。


 夢幻のように連鎖した六角の頂点で、光がゆがむ。深淵しんえんの赤を透明に穿うがち、不可視の奔流ほんりゅうが、パルバトレスの右前肢みぎぜんしと周囲に展開していた装麟そうりんを、空間ごと破砕した。


 波動性の偏向へんこうだ。可視光も電磁波も重力波も、膨大ぼうだいな宇宙放射線さえ、空間に満ちた敵性群体てきせいぐんたいが完全同調してプリズム偏向へんこう、束ね合わせたビーム照射だ。


あおっておいてなんだが……驚いた。神の力に欠片かけらはしを、なんて台詞せりふが、本当に預言者じみてきたな」


 暁斗あきとくちびるに、笑みが浮かぶ。静かな笑みだ。


 再び、四方八方でビーム照射が発生する。襲いくる不可視の奔流ほんりゅうを、だが今度は、装麟そうりんが誘導する数多あまたの収束光が射線に直交して、微細粒子びさいりゅうし敵性群体てきせいぐんたいを拡散、減衰げんすいさせた。


 それでも到達したビーム照射を、白炎びゃくえん煌流こうりゅうで受け止めながら、光の竜が咆哮ほうこうする。


「改めて言ってやる。上等だ、特性体とくせいたい欠片かけらども! 野次馬は野次馬同士……デートの主役の、迷惑にならない程度に、遊んでやるよ!」


 パルバトレスの右眼に、あお燐光りんこうが走る。異次元存在の連続ハニカム立方格子重層殻りっぽうこうしじゅうそうかくが、内包した宇宙ごと回転する。収束光とビーム照射が、閃火せんかと不可視が、無数の破壊の線が交錯こうさくした。



********************



 地球を軸に、サーガンディオンとパルバトレスを両極とした天球の、いわば赤道の軌跡を、おおとりのような左右で五対の翼を羽ばたかせて、高速戦闘特化筐体こうそくせんとうとっかきょうたいアルスマギウスが飛んでいた。


 壮麗な白銀しろがね十翼鳥じゅうよくちょうだ。羽衣はごろものようにまとった燐光りんこう煌流こうりゅうが、それぞれの翼から自在なベクトルでたなびいて、凄まじい超常の加速を生み出している。軌跡に重なる敵性群体てきせいぐんたいを、ことごとく灼熱光しゃくねつこうぎ払う。


 周回半径を広げながら、戦場宙域せんじょうちゅういきを半球に分断しつつ、おおとりの左眼の虹彩こうさい桃花ももかが顔をめぐらせる。ハニーブロンドとラベンダーのエプロンドレスがひるがえって、わざとらしい嘆息たんそく八重歯やえばがのぞく。


「なにやってんのさ、あのウスラでっかちは? まったくもう!」


 上下左右が変転し続ける空間機動に、絶対座標の演算処理を並列して、パルバトレスの方位を見下ろした。そこには精緻せいち怪異かいいな、幾何学格子きかがくこうしの巨大な重層殻じゅうそうかくが構築されていた。


 特性体とくせいたいに統率された敵性群体てきせいぐんたいの、初めて行動する現象だ。嫌悪感のようなものが背中を昇った。


「世話が、焼けるったら……」


 軌跡を曲げようとした桃花ももかの、一瞬にも満たないすきを抜けて、アルスマギウスに衝撃が叩きつけられた。アルスマギウスを凌駕りょうがする、超高速の強襲離脱だ。


「な……ッ?」


 相対の前方に、赫灼かくしゃくの尾を彗星すいせいのようにいて、一個の敵性群体てきせいぐんたいが飛んでいた。追い越しざま、アルスマギウスを打撃した触腕しょくわんを八枚の花弁のように広げた、円錐形えんすいけい飛翔体ひしょうたいだ。


 まったくの遠隔えんかくから、直前で近接の軌跡まで、強引にねじ込んできた。だから察知が遅れた。


 衝突の軌跡にはわずかに不足したが、とんでもなく原始的に、触腕しょくわんに打撃された。完全にすきを抜かれていた。


 桃花ももかは少し呆然として、遠ざかる錐形飛翔体すいけいひしょうたいを見た。それが意味する速度差を認識して、まゆ口角こうかくを吊り上げた。


「生意気してくれちゃって……おもしろいじゃんかッ!」


 アルスマギウスが五対の翼を打ちふるう。燐光りんこう煌流こうりゅうの、輝くうずが宇宙を照らす。


「スピードは、ぼくの領域だよ! 身のほどってやつを、教えてやる!」


 おおとりの左眼の虹彩こうさいに、波紋がまたたいた。羽ばたきが暗闇を風切かざきって、白銀しろがね十翼鳥じゅうよくちょうが準光速の境界に突入した。

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