最終話 吹きすさぶ太陽風

27.デートに野次馬は迷惑だ

 風を、空を、成層圏を超えて飛ぶ。


 鋼鉄を束ね合わせ、組み上げたような体躯たいくに、幾千万を越える積層金属質せきそうきんぞくしつ鎧装がいそうまとい、直線と曲面が複雑に交錯こうさくした中枢構造から、猛々たけだけしく肥大化した四肢が伸びている。


 ひじひざの関節部には刀剣のような牙爪がそうが並び、幾何学的な仮面に見える頭部には桂冠けいかんと、三本の結節衝角けっせつしょうかくを備えている。


 戯画化された機械仕掛けの戦神像、全身を白銀に輝かせた異形いぎょう大神おおがみ神威しんい顕現けんげん駆逐戦闘特化筐体くちくせんとうとっかきょうたいサーガンディオンが、鎧装がいそうあお燐光りんこうを走らせる。


 脚部から大きく長く、双脚鎧装展開翼そうきゃくがいそうてんかいよく白炎びゃくえん煌流こうりゅうをたなびかせ、超常の加速で宇宙へ飛翔する。


 地球生命の生存限界、事実上の最終絶対防衛ラインとなるロシュ限界の先、赤い粒子光りゅうしこうの戦場へ到達する。


 八百万やおよろずが意味する無数、無限、全天周囲をめた数キロメートルサイズの彗星群すいせいぐんは、総質量が地球を上回る。


 宇宙環境へ適応した剛性体組成ごうせいたいそせい、樹脂の性質で可動する軟性体組織なんせいたいそしき、導体元素ニューロンによる超伝導演算と、次元縦波干渉じげんたてなみかんしょう超空間並列共有知能ちょうくうかんへいれつきょうゆうちのうを獲得した銀河に広がる無機生命体、敵性群体てきせいぐんたいの、生命進化の競合を賭けた総進撃だ。


志津花しづかさん! 近いのは、質量を分断する! そうすれば!」


「はい。地球重力にとらわれ、大気圏の断熱圧縮で燃え尽きます」


 ゆう志津花しづかの意志にこたえて、サーガンディオンが咆哮ほうこうする。両肘りょうひじ牙爪がそうが、大太刀おおだちのように長く突き出して、微細動びさいどうに輝いた。


 白銀大神しろがねのおおがみが、両腕を縦横じゅうおうに振るう。


 黒体輻射こくたいふくしゃの空間を、十重二十重とえはたえの格子に重なって、境界断層きょうかいだんそうが斬り裂いた。見渡す限りの敵性群体てきせいぐんたいが、微塵みじんの流星に砕け散る。


 鉱物質生命こうぶつしつせいめいは、構成原子の素粒子そりゅうし置換ちかんする不連続な核分裂、または核融合を熱源として活動する。質量の散逸さんいつは弱体化、機能の低下に他ならない。


 地球にちる慣性速度かんせいそくどから離脱できなくなった小片の流星雨を置き去りにして、サーガンディオンがさらに飛ぶ。


 双脚鎧装展開翼そうきゃくがいそうてんかいよく煌流こうりゅう逆流さかながれにひいて、敵性群体てきせいぐんたい天蓋てんがいに向かって昇る。


 大きく開いた両腕から、交差するさざなみのような光輪こうりんがほとばしる。巨大な敵性群体てきせいぐんたいの星々を飲み込んで、光輪こうりんの小惑星が隔絶かくぜつする。


 次の瞬間、すさまじい閃光を放って、かつ、その閃光を吸収しながら爆縮ばくしゅくした。


 赤い星空に穿うがたれた穴を、なおもめて、敵性群体てきせいぐんたいが膨大な運動エネルギーと質量で、サーガンディオンに突貫とっかんする。まさしく迷信のねずみから生まれた、死に至る群体暴走スタンピードだ。


「どうして、こんな……っ!」


 意味のないことを、と言いかけて、ゆう歯噛はがみした。敵性群体てきせいぐんたいゆうを、的確に攻撃している。


 ゆうは殺している。そう感じている。


 地球の危機とか、有機生命体の絶滅とか、先に殺されたとか、殺さなければ殺されるとか、すべて理屈だ。生命なら生命を捕食する。殺すことも殺されることも、ただの現象だ。


 いて言うなら当たり前の原罪げんざいを、ゆうの人間の意識だけが、痛みに感覚している。圧倒的な殺戮さつりくを、そう認識してつぶされそうになる。


志津花しづかさん、あのさ……これ、どうにかならないかな」


 素直に、愚痴ぐちをこぼす。弱音よわねを吐く。


「この怪物……こいつらだって、生きてるんだよね。そういう生物、ってだけでさ。ほら、共生とか、ウィズなんとか、みたいに」


「可能です」


 サーガンディオンの頭郭最深槽とうかくさいしんそうゆうの上半身が出ているいだ水面に、鏡のように上下が転写した志津花しづかが、肯定する。


「現在、他の星系に敵性群体てきせいぐんたいは存在せず、有機生命体が残存しています。長期的な環境影響も許容範囲内、宇宙規模の爆発的感染拡大パンデミックは、この局面で収束しています」


「……視野が、広いよね」


「集結している敵性群体てきせいぐんたいすべてを地球に隔離かくり次元封鎖じげんふうさすれば……地球生命の絶滅だけを代償に、それまでの期間を彼らと、浅久間あさくまゆいと共生することが可能です」


 志津花しづかは淡々と、すずしげだった。水面で合わせたてのひらが、少し形を変える。ゆうは苦笑した。


「ありがとう、志津花しづかさん……わかってる」


 ゆう志津花しづかてのひらから、熱をともなう光の波紋がまたたいた。水面を満たして鳴動めいどうする。


「そんなわけには、いかないからさ! やっぱりいろいろ、最後までつき合わせる! サーガンディオン、おまえもだ!」


「おっしゃるまでもありません。それでこその一心同体……神の現身うつしみたるゆうさまと、分神ぶんしんたるわたくしの合神がっしんです」


 志津花しづか微笑ほほえんだ。


 サーガンディオンが再び咆哮ほうこうする。鎧装がいそうが、あお燐光りんこう白炎びゃくえん煌流こうりゅうをほとばしらせて、敵性群体てきせいぐんたいまる赤い宇宙に、力強く輝いた。



********************



 地球から飛んだ軌跡は三つ、一つはサーガンディオンから見れば天球面てんきゅうめんの裏側に、雄大な白銀しろがね長躯ちょうくおどらせた。双角双鬚そうかくそうしゅ四肢装鱗ししそうりん五爪竜ごそうりゅう広域戦闘特化筐体こういきせんとうとっかきょうたいパルバトレスだ。


「この際、志津しづは仕方ないとしても、だな。兄弟はあれで、まだまだ場慣ばなれが足りない感じでね」


 竜の右眼、波紋が脈打つ虹彩こうさいに、暁斗あきとの上半身が映っていた。ソフトモヒカンの銀髪と、ターコイズのボタンダウンに浮かぶたくましい筋骨の陰影いんえいが、光の波紋にゆれている。涙袋なみだぶくろくちびるも厚いラテン系のハンサム顔が、鷹揚おうように笑う。


群体ぐんたいだろうが共有知能きょうゆうちのうだろうが、デートに野次馬は迷惑だ。散ってもらう!」


 五爪竜ごそうりゅう装鱗そうりんを、敵性群体てきせいぐんたいの星空に、銀河のうずのように展開散布する。全身から斉射した鋭い閃火せんかの収束光が、無数の装鱗そうりんに反射偏向し、視界全域を撃ち抜いて灼熱しゃくねつに染め上げた。


 その灼熱しゃくねつを超えて、一つ、二つ、四つ、八つ、十六、三十二、六十四、百二十八と、指数関数に増殖してせまりくる敵性群体てきせいぐんたいが、統制された動きを示す。明確な攻撃意図で構成する、撹乱かくらんと集中打撃の編隊機動だ。


「俺と、戦場支配で張り合う気か……? 上等だ、特性体とくせいたい欠片かけらども!」


 暁斗あきとが叫ぶ。声を受けて立つように、見える限りの赤の粒子光りゅうしこうが、同時に明滅した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る