19.ちゃんとわかってた

 栗色くりいろの髪が、風になびく。はっきりした綺麗きれいめの顔立ちとシャツの胸元、そでをまくった腕の、薄い肌色が非常階段の背景に浮かんで見える。


 スカートから伸びる両脚の、金属質きんぞくしつあるいは鉱物質こうぶつしつ表層外殻ひょうそうがいかく、水晶を積層せきそうしたような鉱物粒子こうぶつりゅうしの輝きだけが異質だった。


 ゆうには、ゆいの、まだそこだけが異質だった。


「地球にきて、最初に有機生命体に同化しちゃった時は、まあ、偶然の失敗だったと思うんだ。でもね、それから死んで、他の有機生命体にもなって、生きてまた死んで、ずっと繰り返して……いろんな感情を、宇宙のみんなと一緒に覚えたんだ。ほら、クラウドのアカウントにデータ上げて、そこからシェアする、みたいな?」


 ゆいが、いいかげんそうなたとえをする。教室で、駅までの帰り道で笑っていたように、笑う。


「だから……自分がなにをしたいのか、その頃には、わかってた。女の子をどうすればいいのか、ちゃんとわかってた」


 自分と、女の子、剥離はくりした人称にんしょうそのままに、ゆいの顔の中でひとみ虹彩こうさいが、異質な鉱物粒子こうぶつりゅうしの輝きにまっている。


「侵食、感染したら、もうこっちのものなんだけど、あんまり急ぐと死んじゃうからさ。有機生命体のままで置換変性ちかんへんせいするには、あせらずゆっくり丁寧ていねいに、がコツなんだ! 今の、やって見せたのは末端組織まったんそしきだし、ゆうくんだから超・特別な大サービス! 脳や脊髄せきずいは、複雑なのに最初にやんなきゃいけないから、一年くらいかかったなあ」


 怪我けがをしたと言っていた手のひらを、シャツの胸の、真ん中にあてる。


「元の女の子は残ってないけど……家族も他のみんなも、あたしを浅久間あさくまゆいって認識してるから、あたしが浅久間あさくまゆいだよ。あ、御山ミャーちゃんや凡河内ボンカワくん、ゆうくんと友達になったのは、始めからあたしだから安心してね!」


 ゆいが、自分の心音しんおんを確かめるようにうつむいてから、ちょっと上目遣うわめづかいになる。その仕草しぐさも、少なくともゆうが知っている他の誰でもないゆいだったが、ゆうは動けなかった。


 一歩、近づくことができなかったし、退がることもできなかった。意地か、意気地いくじか、なにもわからないまま、多分カッコいいヒーローなんかじゃない表情で、ゆいとの距離を動かなかった。


 それに満足したように、ゆいの方が、一歩を離れた。


「本当は、こんな面倒くさいことしないで、同じ無機質の地殻ちかく変性へんせいさせて、惑星わくせいごともらっちゃうのが普通だったんだけど……ちょっとがんばって、普通じゃないところまで、きたんだ。なんでだかわかる?」


「……なん、で……」


 出てきた声はかすれていて、あまり意味のない一言だった。ゆいが吹き出した。


「にぶいなあ、ゆうくんは。ゆうくんに……神さまに、いたかったんだよ」


 二歩、三歩と離れて、登ってきた非常階段に片足を降ろす。


 ゆいゆうと、その後ろの海を見る。ゆうゆいと、その後ろの市街を見る。市街の先は、破壊された廃墟はいきょ山麓部さんろくぶだ。


 山麓部さんろくぶから廃墟はいきょへ、廃墟はいきょから市街へ、市街からゆいゆうへ、風が吹いた。


 吹き上げられるように、市街の二十を超える箇所で、小さな赤い光がまたたいた。彼方かなたからとどく声にも似た光だ。


 空気をち割る響きが、至近でかさなった。


 市街から何本も、竜巻のようなうずがまっすぐに、晴れた午後の空をつらぬいた。鉄骨とコンクリートと、瓦礫がれきとガラスと、そこにいたはずの有機物を乱気流が砕いて舞い上げた。


 直後にうず凝集ぎょうしゅうして、光を奇妙に屈折させる、透明な鉱物結晶こうぶつけっしょうの怪物が生まれ落ちた。


 赤い光の数、二十を超える敵性群体てきせいぐんたいが、みずからがあらたに破壊した市街を乱反射して、形状を浮かび上がらせる。それぞれが全長で十メートル、体高で五メートルほどの、これまでよりは小さい個体の群れだ。細長い楕円だえんの中心部に、結節けっせつ多脚たきゃく鉤爪かぎづめ触腕しょくわんを持つ、甲虫こうちゅうじみた姿だ。


 その中で一番、近い位置の個体を背中で見たように、ゆいが大きく後ろへんだ。非常階段のふちを越えて、ゆうの目にはスローモーションみたいに、敵性群体てきせいぐんたいめた背景の市街へんだ。


「他のみんなにも、もう声をかけてるんだ。すぐに宇宙の全体から、ここに集まってきてくれるよ……この惑星わくせいの、生命体も死体も、海も地殻ちかく土壌どじょうも全部を壊して、あたしたちがもらっちゃう」


 ゆいが空中で、はためくスカートの前後を軽くおさえながら、宙返ちゅうがえりをする。からかうような視線だけが、ゆうを離さなかった。


「だから……その前に、デートしたいな」


「待って、ゆいちゃん……っ!」


「もっちろーん! おめかしして、お宇宙そらで待ってるよ!」


 ゆいの、敵性群体てきせいぐんたいと同じ鉱物粒子こうぶつりゅうしの輝きを放つ両脚りょうあしの、表層外殻ひょうそうがいかくが展開した。


 サーガンディオンの双脚鎧装展開翼そうきゃくがいそうてんかいよく模倣もほうしたのか、積層せきそうした展開翼板てんかいよくばんが、長い双翼そうよくをたなびかせる。それはゆいの言葉の通り、今までの戦闘経験が敵性群体てきせいぐんたいのクラウドデータ、超空間並列共有知能ちょうくうかんへいれつきょうゆうちのう蓄積ちくせきされていることを示していた。


「ホント、待ってるんだからね! 大事なことなので、二回言いました! 涙なんて、もうないけど、きてくれなかったら泣いちゃうふりくらいできるかも!」


 双翼そうよく圧縮気流あっしゅくきりゅう断続噴射だんぞくふんしゃして、姿勢制御をする。そのゆいを迎え入れるように、敵性群体てきせいぐんたいの一個体が、同じく背面の表層外殻ひょうそうがいかく翼状つばさじょうに展開して、浮かび上がった。


 すさまじい風圧が、市街を叩いた。そのはずだったが、もうゆうには、ゆいが残した声以外は無音に感じられた。


 ゆい敵性群体てきせいぐんたいのシルエットが合わさって、わずかな刹那せつなの後、まっすぐに宇宙そらへと飛翔した。

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