16.わけがわからないですよね

 自衛官は、緑と茶色の迷彩服に同じがらの帽子をかぶった、ニュース映像などで馴染なじみのある姿だ。学生のゆうにまで、話しかける前に姿勢を正して、丁寧ていねいな言葉を使っている。ゆうの方が、なんとなく慌てて、しどろもどろになった。


「あ、はい……その……」


「職員の先生方せんせいがたに、校内放送もお願いしますので、難しく考えてくださらなくても結構です。申しわけありません。お腹をすかせてそうなお子さんや親御おやごさんに、早く喜んでいただければ、と思っただけです」


 ゆうの反応を、尻込しりごみと受け取ったのか、自衛官が穏やかにフォローする。


 濃い眉毛まゆげと、ちょっと下がった目尻が印象的な青年だ。ゆうは、奇妙な親近感を持つと同時に、いまだ現実感の薄い景色から個人として現れた相手に、気後きおくれした。


 青年は堂々として見えた。この数日、テレビや配信画面の向こう側に、青年と同じ姿の自衛官をよくた。やっぱり現実感の薄い、破壊されたこの辺りの景色と一緒に、だ。


「あの」


 思わず、声が出た。


「大変、ですよね……戦争とか、ミサイルなら楽ってわけでも、ないでしょうけれど」


 ニュースの中には、遠回しな、批難ひなんのニュアンスをにじませた論調もあった。


 自然災害ならともかく、明らかに危険性を持った存在が、二回も市街地を破壊したのだ。これがどこかの国の兵器とすれば、対応の遅れは致命的だ。


 状況だけを観察すれば、対立する破壊兵器同士が、勝手に戦闘行為をしたように思える。なんの把握はあくもできないまま、もしミサイルや核兵器が撃ち込まれていたら、被害は計り知れなかった。日本の国内で、国民がなにも知らないまま、戦争を始められてしまった可能性さえある。


 そういう理屈は、もっともらしかった。なんなら、日本政府が悪いように聞こえてくる。


「あんな怪物、わけがわからないですよね。政治家も自衛隊も、どうしろ、って話じゃないですか。こんな急に、めちゃくちゃになって……今までの普通が、なくなって」


 ゆうは、なにも知らなかった。神さまとか使命とか、今でも、よくわかってなんかない。急に使命とか言われて、知らないなりに、わからないなりに、がんばってやれることをやったけれど、できなかったことが現実の景色に現れている。


 外からの情報は、やったことをめてくれず、できなかったことをめるばかりだ。ゆうは、奇妙な親近感の背景に気がついた。怪物の被害のニュースで、いつも、同じ側でめられる感覚になっていたからだ。


「次は、もしかしたら、みんな……」


 がんばっても、これからもっと、悪くなるかも知れない。成績が下がってめられるのと、レベルは違っても、すねる方向は一緒だ。ついでに、一人だけ状況を共有している志津花しづかも、愚痴ぐちをこぼす相手にならないこと、この上ない。


 気がついてみると、情けないと言うより、しょうもない。


 ゆうは、自分でこぼした愚痴ぐちの持って行きどころに困って、またしどろもどろになった。恥ずかしくなってらした目に、青年が、笑ったようだった。


「そうですね、大変です」


 青年は、うつむきがちに帽子を脱いで、胸に当てた。


「航空自衛隊は哨戒機しょうかいきの、海上自衛隊は艦船かんせんの、陸上自衛隊は基地施設きちしせつの広域レーダーを、それぞれ運用しております。ですが、残念ながらあの敵性体てきせいたい……怪物の、過去二回の破壊行動を、防衛することができませんでした。申しわけありません」


「いえ、そんな! あやまられるようなことじゃ……」


「おっしゃる通り、次にどうなるか、自分にもまったくわかりません。ニュースで言っているように、市街地で武器を使用するとなれば、災害出動の範囲で可能なのか、防衛出動になるのか、そこから議論している状態です」


 青年が今度は、少しだけ子供っぽい顔になる。


「怪獣映画みたいですよね。本当は、御安心ごあんしんください、とか、お任せください、とか、言わなくちゃいけないんです。だから、やっぱり申しわけありません。本音ほんねが出ちゃいました」


 頭を下げてから、帽子をかぶり直した青年は、また堂々とした感じに戻っていた。


「水道や電気が止まっているところ、ありませんか?」


「え……?」


「ガスや石油は、この状況では危険ですので、冷えるようなら追加の毛布を支給します。仮設トイレや区画くかくパーテーションも、もっと必要なものがあれば、いつでも教えてください」


「あ、ええと……」


「インフラが機能して、生産活動が継続していて、物流ぶつりゅう維持いじされています。この食べ物だって、自分たちが、動物や野菜を育てたわけじゃありません」


 青年の後ろのテントから、同じ迷彩服を着た自衛官の人たちが、大きな寸胴鍋ずんどうなべや紙の食器を持って出てきた。広い場所の長テーブルに、手際よく配給の準備をする。


「訓練でやったことありますが、食料を完全自給するのって、種類も量も不足するのに手間てまばっかりかかるんですよ。こうして美味おいしいカレーを皆さんにお届けできるのは、この街の外、この国のいろんな場所、もちろん他の国でも大勢の人が働いて、仕事をしているからです」


 青年の言葉が、ゆうの耳に残った。青年の見ているものを、ゆうも見た気がした。


「この街の外、ですか……」


「ですから、自分も働きます。大変でも、わけがわからなくても、仕事をします。まず、そうですね……カレー、温かいうちに召し上がってください。元気が出ますよ」


 最後にもう一度笑って、敬礼をしてから、自衛官の青年は仕事に戻って行った。ゆうはその背中を、立ちぼうけのまま、しばらく見続けていた。

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