13.病気みたいなものなんですか?

 井之森市いのもりしを通る国道と鉄道路線は、この一週間で、最優先に修復された。


 物流ぶつりゅうが安定すれば、被災者の生活も改善し、市街地の瓦礫撤去がれきてっきょや復旧作業も効率よく進む。それでも当然ながら、特異災害とくいさいがいの対策指定地域になった井之森第一高等学校いのもりだいいちこうとうがっこうのある最寄もより駅は、停車する電車の本数が制限された。


 ゆいは、となりの駅まで電車で来てから、ゆうたちとカフェドリンク祭りをしながら帰った道を逆方向に歩いて、高校に向かっていた。


 お昼に近づくの光に、ショートカットの栗色くりいろの髪と、リボンタイを外したシャツの胸元が、少し汗ばんでいる。制服の、短く上げたグレーのタータンチェックのスカートにベージュのニットベストで、紺色こんいろブレザーは着ていない。通学バッグを背負って、そでをまくり、小サイズのコーラのペットボトルを持っていた。


「こういう、ウォーキング上等の時でもないとさ。やっぱり気後きおくれするわけよ。ほら、罪の味ってやつ?」


『甘い飲み物なら、他とくらべても、カロリーあんまり変わらないよ。イチゴミルクなんて、最強じゃん』


「糖質オンリーと牛乳系って、なんか違う気がするんだよねー」


 姿のない声と会話しながら、ペットボトルを開けて、一口、二口と、冷たい炭酸の刺激でのどうるおす。


「んーっ、さわやかテイスティ! ナウなヤングとビバリーヒルズの青春には、欠かせないアイテムね!」


『また、るドラマの年代、どれだけさかのぼってるんだか』


 あきれる声に、どこ吹く風で、ゆいが歩きながら伸びをする。青空の向こうをかし見るように、視線を上げる。


「……どこも、最後の一押しって感じだね」


『そこからが、意外と難しいんだってば。有機生命体って、一つ一つは弱っちくてすぐ死ぬのに、気がつくとあっちこっちに残っててさー』


 声が、うんざりしたように、ため息を混ぜた。


『まあ、惑星わくせいそのもの、地殻ちかくに同化して、土壌組成どじょうそせいから窒素ちっそも炭素も原子核崩壊げんしかくほうかいさせた置換変性ちかんへんせいに入ってるし、後は時間の問題なんだけど』


「時間勝負なら、代謝たいしゃ腐乱ふらんもない無機生命体の独壇場どくだんじょうでしょ」


『正しく言うなら、独擅場どくせんじょうでーす』


「うっさい! 生きてる日本語ってやつだから。どぅーゆーあんだすたーん?」


 ゆいが、空に向かってペットボトルを、教鞭きょうべんよろしく振り回す。ふたの中で、黒い炭酸飲料が暴れた。


『それはともかく、さ。こっちも、申しわけないとは思ってるわけよ。地殻同化ちかくどうかとか土壌組成どじょうそせい置換変性ちかんへんせいなんていつもやってるし、混じり込んでる有機生命体だって、炭素結合をちょっと崩壊ほうかいさせてやれば、すぐ無機物になってたし』


 声の調子が、どこか言いわけっぽく、神妙しんみょうになる。


『まさかそんな、代謝たいしゃ腐乱ふらんもする有機物に、中途半端に独立しちゃって、並列共有知能へいれつきょうゆうちのうにも齟齬そごが出るなんて』


置換変成ちかんへんせいを制限してるの。鉱物質こうぶつしつのつるつるお肌になったら、さすがにおかしいってだけ。いざとなったら、すぐできるよ」


『しなくていいんじゃないかなー』


「なに、まーたその話?」


 今度はゆいが、うんざりしたように、ため息をついた。



********************



 志津花しづかは、空になったティーカップのふちを指でなぞりながら、ゆうの理解を待っていた。


 ゆう爆発的感染拡大パンデミックの言葉を、自分の中でなんとか落ち着かせて、うなずき返す。志津花しづかが、居住いずまいを正した。


「神さまが構築した宇宙と生命のシステムにおいて、彼ら敵性群体てきせいぐんたいは、進化を加速させる変異ウィルスとして設計されていました」


「ウィルスって……あの怪物たち、病気みたいなものなんですか?」


「絶滅が定められていた進化の競合種きょうごうしゅ、とも言えます」


 志津花しづか丁寧ていねいに、表現を変えて補足ほそくする。


「先述しました通り、無機生命体は金属質きんぞくしつあるいは鉱物質こうぶつしつの特性による永続的な無変化、並列演算へいれつえんざんによる単一群体化たんいつぐんたいかという、生存手段の究極に行き着いたがために、これ以上は、もう存在する意味がない生物なのです」


「え? なんか、ひどいこと言ってるような……」


「その無機生命体とは対照的に、個体の生存手段を最低限まで放棄ほうきしたがために、永続的な変化、進化と退化の果てしない試験素材として、生物の本道を生きる有機生命体……この二つが遭遇そうぐうし、有機生命体が無機生命体を駆逐くちく、絶滅させる生存競合の過程で、有機生命体が無機生命体の特性を部分的に吸収適合、新たな汎宇宙存在はんうちゅうそんざいへ進化することが、いわば、神さまの設計なされた摂理せつりだったのです」


「ええと……うん、まあ……その……」


「……あてうまとか、かませ犬とか追放ざまぁの勇者とか、そんな感じです」


「時々、そうやってレベル落としてくれるの、すごい助かります」


 一息がつけて、ゆうもミルクティーを飲み干した。だんだん、容量キャパオーバーにも慣れてきた。


 自慢するわけではないが、ゆうとしても、県で名前の知られた進学校に受験で合格している。頭が悪い方ではないはずだ。それにしても志津花しづかの話は、漢字と、馴染なじみのない単語が多すぎた。


 顔に出たのか、志津花しづかの目が、じとりと細くなる。


「ですが、その神さまの設計なされた摂理せつりを、彼らが逸脱いつだつし始めたのです」


「神さまの、予想外の設計ミスってことですか? そんなの、あるものなんですか?」


「それはもう、全知全能ですから。この宇宙に存在する、ありとあらゆる悪もポンコツもすっとこどっこいも、すべて網羅もうらしておられます」


「絶対、そんな意味じゃないと思ってました」


 真面目まじめに宗教を信じている人が聞いたら、怒りそうな全知全能だ。自分だと考えれば、らしいと言えなくもない、かも知れないが。


 志津花しづかが、こほんと咳払せきばらいをする。


「有機生命体とは相容あいいれない、生物種せいぶつしゅとしての敵である、無機生命体……彼らは結晶単子けっしょうたんし萌芽ほうがのような切片せっぺんを他の無機物に接触させ、原子構造を自らと同じく置換変性ちかんへんせいすることで増殖します。本来は星間物質をかてに拡散するため、有機生命体が宇宙に進出するまで、遭遇確率そうぐうかくりつは極めて低いはずでした」


「本当に、ウィルスみたいなんですね……」


「ですが、なんらかの要因により彼ら自身が変異し、有機生命体の生存圏せいぞんけんを明確に指向するようになってしまいました。彼らが惑星わくせい地殻ちかく土壌組成どじょうそせい置換変性ちかんへんせいし、増殖する過程で、有機生命体が生存できる環境は崩壊します。そういう意味で、彼らは正しく、致死性のウィルスとして行動しています」


「……」


「彼ら敵性群体てきせいぐんたいの増殖率、有機生命体にとっての惑星致死率わくせいちしりつが、想定を超える高さにまで悪化した爆発的感染拡大パンデミックの状態が、現在です。そのアンチウィルス、いわゆる抗体進化を、あくまで有機生命体が成しげるための軌道修正が、必要になったのです」


 志津花しづかが立ち上がり、ゆうの横に来た。藍染あいぞめの割烹着かっぽうぎを脱いで、白い小袖こそで緋袴ひばかまの姿になる。


「わたくしたちが降臨こうりんした、使命にございます」


 ダイニングの床に三つ指をついて、志津花しづかかしずいた。ゆうは、なにを言えばいいのかわからないまま、しばらく途方に暮れた。

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