第三話 泣いて歩いて血の味がして

12.神さまはあなたです

 二日間を連続した特異災害とくいさいがい、正体不明の巨大怪物による破壊と、同じく正体不明な巨大人型存在による戦闘から、一週間が経過した。


 近隣きんりんの市街と工場地帯が大規模な被害を受けて、さすがの進学校の鉄壁カリキュラムにも、穴が開いた。


 被災者の避難所となった県立けんりつ井之森いのもり第一高等学校だいいちこうとうがっこうは、校庭に自衛隊の災害即応部隊の野営テントが敷設ふせつされ、医療班いりょうはん炊事班すいじはんの活動本部が整備されて、体育館にも校舎にも、区画パーテーションで仕切った簡易宿泊部屋が作られた。


 臨時休校からゴールデンウィークの連休につながる勢いで、そこから先も一ヶ月ほど、すでにオンライン授業の時間割が配信されている。新型コロナウィルスの感染対策で進んだ土台が、この状況で、また役に立っているらしい。


 ゆうにも、事情は良くわかった。少なくとも怪物と戦ったことについては、当事者だ。市街の惨状さんじょうも、たりにした。


 それまでの日常では信じられないほどの人たちが死んだり、怪我をするのに直面した。両親や、仲のいい友人たちが無事で安堵あんどした。二駅を離れた街には、ゆうの住むマンションを含めて被害はなく、普段は意識していない神さまに感謝する気持ちになった。


「神さまはあなたです」


「やめてください。全部、自分に都合がいいようにしたっぽく聞こえます」


 ゆうはダイニングのテーブルで、志津花しづかれてくれた甘いミルクティーを飲みながら、っぱい顔になった。本当はリビングのソファで楽にしたかったが、そうすると志津花しづかが真正面に、きっちりと正座するので、あきらめた。


 志津花しづかは、長い黒髪をいつもの仔馬の尻尾ぽにーてーるわえて、上品と言えば上品な、トンチキと言えばトンチキな、藍染あいぞめの割烹着かっぽうぎ巫女服みこふくの上に着ていた。


 臨時休校中の自宅、平日午前だ。外は明るく晴れている。


 両親は、会社も会社だが、たくましく出勤していた。正常化バイアスだとしても、それを含めて理解できた。ゆうも、なんとなく学校の制服を着ていた。


 ゆうと向かい合って座り、ミルクティーにシナモンスティックをひたしながら、志津花しづかが小首をかしげた。


「神さまは、珪素生命けいそせいめい、という概念がいねん御存知ごぞんじでしょうか」


御存知ごぞんじないです」


 全知全能の神さまなら知っているのだろうが、ゆうは知らなかった。志津花しづかの言う通りに、ゆうが神さまの生まれ変わりだとしたら、意味がわからない仕様だ。志津花しづか志津花しづかで、手探りっぽかった。


「では、順を追って説明しますと、まず地球上の珪素けいそは、ほぼすべて二酸化珪素にさんかけいそ鉱物質こうぶつしつの状態で安定して……」


「ごめんなさい。その辺、すっ飛ばしてください」


「……メタルス○イム」


「あ、うん! わかった、あれですね!」


 志津花しづかの口が、少し、への字に曲がる。


「本来、この宇宙の万物を創造なされた神さまに、分神ぶんしんのわたくしがこのようなことをお話しするのは、文字通り以上の釈迦しゃか説法せっぽうなのですが」


「そんな表現、よく知ってますね。宗教違いとかじゃないんですか?」


「……釈迦しゃかは西暦の紀元前、現在のインド地方に実在した人物であり、神の呼称には該当しません。そして宗教という文化は、知的生命が分布ぶんぷする生存圏の各地において、共有するべき道徳的規範どうとくてききはんを集約したものであって……」


「すいません、余計なこと言いました! 本筋に戻ってください!」


 ゆうの全面降伏に、志津花しづかが鼻息を吹いて、シナモンスティックをぽりぽりとかじる。それは茶菓子じゃないような、とゆうは思ったが、さらに余計なことなので言わなかった。


鉱物質こうぶつしつ二酸化珪素にさんかけいそ、高分子結合による樹脂じゅしの性質を持った珪素化合物シリコーン、これらの相反あいはんする特性と、有機生命体の基礎となる炭素結合に珪素けいそ置換ちかんした場合に考えられる、つまりは想像上の金属質きんぞくしつあるいは鉱物質こうぶつしつ生物種せいぶつしゅ、それが珪素生命けいそせいめいです」


「つまり、メタルス○イムってことですよね」


「……完全な同義ではありませんが、金属質きんぞくしつあるいは鉱物質こうぶつしつ生物種せいぶつしゅは、この宇宙に実在します。宇宙環境へ適応した剛性体組成ごうせいたいそせい、樹脂の性質で可動する軟性体組織なんせいたいそしき……そして選択的に配置した導体元素ニューロンによる超伝導演算ちょうでんどうえんざんと、次元縦波干渉じげんたてなみかんしょう超空間並列共有知能ちょうくうかんへいれつきょうゆうちのうをも獲得かくとくした、宇宙空間を主要な生存圏とする無機生命体……」


 志津花しづかが、ミルクティーを軽く飲んでから、ゆうを見た。


「彼ら無機生命体は、有機生命体である皆さまとは、相容あいいれない生物種せいぶつしゅとしての敵。すなわち、敵性群体てきせいぐんたいと呼称します」


「ぐんたい…?」


「彼らは個体死と交配による変化の可能性、それがもたらす多様性と環境適応の拡大を根幹こんかんとした生命進化において、すでに限界に達した存在です。先日来せんじつらいの二つの個体は、単純な外観上は差異さいがあっても、生物としてはまったく同じ単一の群体ぐんたいなのです」


「ええと、つまり?」


「……染井吉野そめいよしののようなものです」


「風流ですね」


 風流の意味を大して考えず、ゆうは、ぼんやりと理解した。日本で親しまれている桜の主流派、染井吉野そめいよしのは人手によるクローン栽培で、自然に増えるではない。中学校の生物の授業で、教師が、豆知識っぽく話をしていた気がする。


「でも、それはそれとして、なんで敵なんですか……? 桜の宇宙モンスターって言われても、じゃあ、宇宙にいるんですよね? なんで地球に?」


「地球のみではありません。全宇宙規模で、彼らは有機生命体の生存圏を侵食、爆発的感染拡大パンデミックに至っています」


爆発的感染拡大パンデミック……?」


 ゆうは、自分で思ったよりもかたい声が、自分の口から出るのを聞いた。


 子供の頃は、パニック映画に出てくる程度の単語だった。だが今は、たった数年で全世界を席巻せっけんした、怪物なんかよりよっぽど馴染なじみのある、感染症災害かんせんしょうさいがいを示す言葉だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る