10.嘘つきだよ

 白炎びゃくえん煌流こうりゅうが、螺旋らせんを描いてサーガンディオンの脚部に集中する。


 巨大な脚部の鎧装がいそうが、白炎びゃくえんを物質化させて、さらに肥大化する。怪物が放ち続けている、衝撃波の広角放射を、そのまま自身の力に変えているようにも見えた。


 サーガンディオンの脚部が、各々にアンカーボルトのような五指が地表を喰いしばった。そして直上ちょくじょうに、怪物と諸共もろとも跳躍ちょうやくした。


 接地していた状態からの、反作用の解放だ。衝撃は最小限のはずだが、市街に地震のような縦波たてなみ発振はっしんし、大通りのアスファルトが放射状の蜘蛛くもの巣にひび割れた。


 怪物を抱えたまま、サーガンディオンの跳躍高度ちょうやくこうどが、市街の建造物をはるかに超える。肥大化していた脚部の鎧装がいそうが展開し、大きく長く、双翼をたなびかせる。積層せきそうしたすべての展開翼板てんかいよくばんが、それまでをなおあっする煌流こうりゅう噴射ふんしゃした。


「行っけぇぇぇええええッ!!」


 跳躍ちょうやくと同じ垂直方向に、ではない。それでは地表の市街を直撃する。水平方向に加速した。


 市街を、山麓さんろくの工場地帯を、無人の山並みを眼下に加速する。怪物が衝撃波の放出を止めて、全長の半分に及ぶ細状結節さいじょうけっせつつらねた尾を、サーガンディオンに巻きつけた。サーガンディオンも怪物の、頭部のあぎとにねじ込んだ右肘みぎひじと、背面左脇をつらぬいた左腕を、め上げる。


 一個体となった大質量が、音速域で発生した物理現象の衝撃波さえ吸収して、超常の加速で飛翔した。


 煌流こうりゅう噴射ふんしゃは水平だ。地表への影響を抑えて、垂直方向の推力すいりょくを加えていない限り、客観的にはゆるやかに下降する投射だ。だが、双脚鎧装展開翼そうきゃくがいそうてんかいよくの超常の加速は、地表の曲率きょくりつをも超えて、相対的な垂直方向の推力すいりょくを得た。


 山岳さんがくを、海峡かいきょうを、大陸を突き抜けて、ついに成層圏へ到達した。


「神さま」


「このまま倒す! 今なら……ッ!」


「はい。どんなことも可能です」


 宇宙と地球、水転写すいてんしゃの上下鏡合わせに、ゆう志津花しづかてのひらが互いを握り合う。大気密度の薄い成層圏を震わせて、怪物ではなく、幾何学的な仮面に見える白銀大神しろがねのおおがみの頭部が、咆哮ほうこうした。


 鎧装がいそうの、あお燐光りんこう白炎びゃくえん煌流こうりゅうが、双極螺旋そうきょくらせん軌跡きせきでサーガンディオンの両腕をはしる。


 怪物のあぎとの中で右腕が再構築し、さらに肥大化する。怪物の内部を、破壊して伸長しんちょうする。怪物の、背面の左脇をつらぬいていた左腕も、右腕と同じように肥大化して穿うがち、進む。


 鉱物結晶こうぶつけっしょうかたまり深奥しんおうで、両腕が合掌がっしょうした。合わさった極小空間で鎧装がいそうの原子核が崩壊、閉じ込めた中性子が連鎖反応を誘発し、てのひら鎧装質量がいそうしつりょう莫大ばくだい核崩壊熱かくほうかいねつに転換した。


 成層圏には、熱と放射線を媒介ばいかいする空気分子が少ない。それでも灼熱しゃくねつの、小さな太陽が、地表から見えるだろう本物の太陽と重なった。その太陽の中心に、猛々たけだけしい四肢の、戦神像のような影が立っていた。



********************



 山麓さんろくの工場地帯は、壊滅していた。技術のすいを集めた精密装置も、化学薬品プラントも爆発炎上し、放射線設備の露曝ろばくや工業用劇薬物の流出も、影響範囲の特定さえ不可能だった。


 死者も、死傷者も、行方不明者も、見当がつかない。二日を続けて、市街地の広範囲が破壊されて、まだ空が青い午後のティータイムに、漏洩ろうえいしたガスと破断した電線の放電イオン臭、コンクリートの粉塵ふんじんと、湿しめった鉄錆てつさびのような血臭が満ちていた。


 至るところで道路が割れ、崩落し、消防車も救急車も右往左往していた。せめて被害が少なかった海岸に近い方、電車の線路沿いやバイパス道路を、警察や、自衛隊の災害即応部隊が通過していた。


 ゆうたちの、県立井之森第一高等学校けんりついのもりだいいちこうとうがっこうは、体育館と校庭が近隣からの、とりあえずの避難場所になっていた。多分、他の高校も、中学校も小学校も似たような状態だろう。


 ゆう志津花しづかが戻った時、生徒の姿は、むしろまばらだった。一駅か二駅を移動すれば、そこからは、もう臨時の特別運行がつながっている。駅に向かう、いつもの通学路を集団で歩く人々に、何度かすれ違っていた。


 校庭のはしに、避難者から少し離れて、幹仙みきひさ葉奈子はなこゆいが座っていた。幹仙みきひさの無造作な黒髪、葉奈子はなこの明るい茶髪のセミロング、そしてゆいつややかな栗色くりいろショートヘアを見て、ゆうは泣きそうになった。


「あれ……? ゆう、どうして……?」


加々実かがみくん? ええと……なんで、だっけ……?」


 幹仙みきひさ葉奈子はなこが、立ち上がりかけて、当惑の視線を泳がせる。ゆうに横から目配めくばせをして、志津花しづかが自分のくちびるに、一本指をあてる。ゆうにも、わかっていた。


「ごめん。トイレ、ちょっと長引いただけ」


 人間の記憶は、認識に影響される。途切れる前と後の認識が、相互に記憶を調整する。


 ゆうは、わずかな罪悪感と、泣きそうになった感情をごまかして、声をまらせた。


「待っていて……くれなくても、良かったのに……」


「方向一緒だろ。それに」


 幹仙みきひさが、当惑を忘れるように、頭をかいた。


「まだ、コーヒーおごってもらってない。乳飲料でも、コーヒー飲料でもないやつ」


「そうだった! あたし、フルーツミックス! 開いてたら駅カフェのアップルマンゴースムージーでもいい!」


御山みやまさん……それ、高くなってんじゃん」


「じゃあ俺も、そこのカフェモカ・エスプレッソでいいよ」


幹仙みきひさも。コーヒーにこだわりあるのか、ないのか、わからないって……」


 ゆうが苦笑した。なんとか、苦笑できた。


 そのゆうに、ゆいが、微笑ほほえみながら歩み寄った。そして、ふわりと抱きついた。


 背の高さがほとんど同じなので、ほおほおが触れ合って、肌と髪の匂いがただよった。


「あたし、怖かったな。街が壊れて、人が怪我けがしたり……多分だけど、死んじゃったりもして」


 ゆいの声は、いつもよりちょっとだけ細くて、いつものように明るかった。


「ごめんね。なんとなく、ゆうくんも同じかな……なんて、思っちゃった。大丈夫? もしかして、トイレで震えちゃってた?」


「い、いや、そんな……」


「こんな時に、男子も女子もないよ。怖くなかったら、うそつきだよ」


 ゆいにやわらかく抱かれて、ゆうは、また声をまらせた。

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