9.至高の神さまの分神として

 サーガンディオンが、そのまま怪物と組み合った状態で、右腕を二度、三度と、怪物の腹に叩き込む。


 怪物も、尾を鉄鎖てっさのようにうならせて、サーガンディオンの背面を打撃する。連続する地響きが、大通りを、街をゆるがした。


 ゆうは、歯を食いしばって耐えた。空中を、錐揉きりもみに弾き飛ばされた時の、比ではない。自分と相手がち交わす、緩衝機能かんしょうきのうが吸収しきれない衝撃が、頭郭最深槽とうかくさいしんそうの水面ごとゆうを乱打する。


 水面の向こうに映る、ゆうと上下鏡合わせの志津花しづかが、すずしい顔で小首をかしげた。


「神さま、提案があります」


「こ、んな、時に……なにを……?」


 ゆうは、嫌な予感がした。外れなかった。


「脳を摘出するのはいかがでしょうか」


「は……あぁっ?」


「わたくしとしましたことが、至らずに申しわけありません。遅まきながら体感しております。人間の、柔弱にゅうじゃくな体組織すべてを抱えて、生命維持と戦闘機動を並列処理するのは、不合理と認識します」


 志津花しづか理論的りろんてきに、倫理的りんりてきでないトンチキを並べる。胸を張って、むしろ得意げだ。


「神さまとしてのたましいは、恐らく、脳にられると思われます。わたくしと真の一心同体、共に生命進化の階段を登るのも、また良きかと。肉欲混じりの雑念ざつねんからも解放されて、一石二鳥です」


「まだそれ言いますかっ? 冗談じゃないです! 幽霊だって人間の形してるでしょう! 恐らくで身体をオマケ扱い、しないでくださいよ!」


 ゆうが、一息にまくし立てる。それができたことに、文字通りの一呼吸で、意識を戻す。怪物が尾の攻撃を止めていた。


 ゆうは、また嫌な予感がした。外れなかった。


 サーガンディオンと組み合ったまま、怪物の背中側の尖端突起せんたんとっきが、にごるように振動した。一つ一つの突起とっき咆哮ほうこうを上げて、衝撃波を広角放射した。


「な……ッ?」


 直線投射より、破壊力は分散しているようだ。それでも、サーガンディオンを弾き飛ばしたほどの猛烈な衝撃の壁が、怪物の後方、破壊されていたところと、破壊をまぬがれていたところを、まとめて破壊した。


「…………ッ!」


 ゆう咄嗟とっさに、サーガンディオンを背後に転倒させた。広角放射の衝撃波が、せめてその大部分が空に向く。怪物が嘲笑あざわらうように、四肢を躍動やくどうさせて、サーガンディオンからび離れた。


 び離れた先の、怪物が着地した市街でも、建造物が倒壊した。全長が一〇〇メートルを超える、鉱物質こうぶつしつの大質量だ。


 そしてサーガンディオンも、全高が五〇メートルを超える大質量だ。転倒した腕の先が、危うく、民家を破壊しかけていた。


「うぁ……っ」


「神さま、御心おこころを乱されるべきではありません」


「そんなこと、言われても……!」


 ゆうには見えていた。聞こえていた。


 怪物が現れたのは二回目だ。怪物は巨大で、遠くからも確認できる。ゆうたちの学校のように、避難行動ひなんこうどうができた人も多いだろう。


 だが、倒壊した建造物に巻き込まれて、見えなくなる人が見えていた。怪物が暴れる足元から、聞こえなくなる悲鳴が聞こえていた。サーガンディオンが感知して、ゆうが認識していた。


「死んでる……っ! 逃げ遅れた人たちが……たくさん、死んで……っ!」


けられないことです。個体の生死は問題ではありません。神さまの視座しざなら、たましいの不滅、生命の輪廻りんね、宇宙の熱の循環摂理じゅんかんせつりを……」


「なんの話だか、わからないよっ!」


 志津花しづかの、このに及んですずしげな理論りろん蹴飛けとばして、ゆうが叫んだ。


 サーガンディオンが立ち上がり、怪物に向かって駆けた。怪物を捕まえて、動きを止めなければならない。衝撃波の広角放射も防がなければならない。


「俺が、神さまなら……サーガンディオン! 俺の思い通りに、動いて見せろッ!」


 白銀大神しろがねのおおがみ鎧装がいそうが、あお燐光りんこうに輝いた。


 そして怪物も、頭部のような結晶塊けっしょうかいあぎとで、叫んだようだった。退すさるのではなく、向かってくるサーガンディオンに真正面から襲いかかった。サーガンディオンが振り上げた右腕に、あぎとで喰らいついた。


 喰らいついたあぎと咆哮ほうこうする。怪物の、直線投射の衝撃波が、サーガンディオンの右腕のひじから先を粉微塵こなみじん破砕はさいした。


 破砕はさいされた右腕のひじを、そのまま怪物のあぎとの奥に、つらぬとおす。短い首をじ切るように、サーガンディオンが巨体をひるがえして、怪物の背面に回った。


 無秩序に堆積たいせきした多数の尖端突起せんたんとっきを、全身に抱え込む格好で、左腕の手刀を叩き込んだ。鉱物結晶こうぶつけっしょうの表層を穿うがち、五指の牙爪がそうが、怪物に深く突き刺さる。


 頭部のあぎとをサーガンディオンの右肘みぎひじに、背面の左脇をサーガンディオンの左腕につらぬかれたまま、怪物が尖端突起せんたんとっきを振動させた。衝撃波の広角放射が、そのすべての破壊力を、密着した状態のサーガンディオンに集中した。


 鎧装がいそうあお燐光りんこうが、不規則に明滅する。すさまじい奔流ほんりゅうが、頭郭最深槽とうかくさいしんそうでも直接、荒れ狂っているようだった。


「神さま。このような行動は、不合理です」


 水転写すいてんしゃ志津花しづかが、さすがに表情をくもらせた。前に言っていた通り、映像の走査ノイズのような乱れが、水面の投影にまたたいた。


「いかに神威しんい顕現けんげんであろうと、人間の身体を持つ神さまが消耗なされては、再構築に時間をようします。破壊の根源こんげんは、敵性体てきせいたいなのです。合理にてっし、速やかに敵性体てきせいたい駆逐くちくすることが、結果として街と人の被害も最小に……」


「……身も心も、だったよね……?」


 ゆうの声は、苦痛にかすれていた。


「俺は、きっと……いい神さまじゃ、なかったよ……。こんなやり方しか、思いつかないんだ……」


 サーガンディオンが、一歩を歩いた。


 怪物を両腕で抱えるようにして、攻撃を一身に受けながら、ゆっくりと歩いた。山麓さんろくの方へ、怪物がすでに破壊した方へ、その先の無人の山へ向かって、歩いていく。


 大きな球状空間を真空にけずり取る、前の怪物を消滅させた力を、使える場所まで行くしかない。


 この怪物は、頭部から尾の端部たんぶまでが長大だ。四足獣の形状をしているが、それが本質とは限らない。全身を消滅させなければ、なにが起きるかわからない。


 全長を丸ごと包む球状空間を、展開できる場所に着くまで、耐えるしかなかった。


 耐えられなかったらおしまいだ。ここで街ごと、力を使ってしまった方がいい。どうせ、この近くで生きている人は、多くない。


 志津花しづかの言う通り、不合理だった。


「ごめん、志津花しづかさん……わがままに、つき合わせる。失敗したら……悪いんだけど、みんなにあやまりながら、一緒に死んでよ。コンビとかチームってことで、さ」


 ゆうは笑った。


 土壇場どたんばの開き直りと無責任さに、自分でもあきれた。志津花しづかもあきれたか、怒っただろうと予感した。


 外れた。


「……わたくしに、最期さいごの瞬間を一緒に、と」


 だいぶ語弊ごへいがあった。ような気がした。最期さいごも確定じゃないはずだ。まあ、苦笑になった。


 志津花しづかも同じように苦笑して、瞳を閉じた。


 水面で触れ合ったてのひらから、熱をともなう光の波紋が、乱れをあっして広がった。


「わたくし個人としましては、それこそ至福しふく。ですが、本当に、まったくもって切歯扼腕せっしやくわんきわみながら。至高の神さまの分神ぶんしんとして」


 光の波紋の熱が、ゆうの身体にも広がった。力強く脈動みゃくどうして、ゆうを支えた。苦痛を打ち消して、ゆうの不合理な意志に、願いに、白銀大神しろがねのおおがみ鼓動こどうが重なった。


 志津花しづかが瞳を開いて、両掌りょうてのひらを交差させた。ゆうも同時に、両掌りょうてのひらを交差する。


「一心同体を得た駆逐戦闘特化筐体くちくせんとうとっかきょうたい、真の力。御心おこころのままに」


 サーガンディオンの鎧装がいそうが、あお燐光りんこうに、白炎びゃくえん煌流こうりゅうをほとばしらせた。

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