3.わたくしにできる限りのことを

 ゆうはそこそこ、オタク趣味だった。


 と言うより、今時は携帯端末けいたいたんまつで、エンターテインメントがリアルタイム人生の三倍量くらいあふれている。漫画、アニメ、ゲーム、ライトノベルをオタク趣味でまとめたら、それら一切を好きでない高校生を探す方が難しい。


 だから巫女みこ台詞せりふを、日常生活で聞いていたら、容量キャパオーバーは起こさなかっただろう。


「え……? サー……なに……?」


神威しんい顕現けんげん駆逐戦闘特化筐体くちくせんとうとっかきょうたい、神の現身うつしみたるあなたと分神ぶんしんたるわたくしの合神がっしん、サーガンディオンです」


 ゆうと水面の上下鏡合わせ、水転写すいてんしゃに見える状態で、巫女みこ律儀りちぎに長文を繰り返した。


「ですので、冠詞かんしをつけるなら超機動合神ちょうきどうがっしんサーガンディオン、となります」


「ええ……? なんか急に、アニメみたいなネーミング……」


「神さまの御趣味です」


「神さまに、趣味なんてあるんですか?」


「それはもう、全知全能ですから」


 巫女みこが、ふん、と、なにやら得意げに鼻息を吹く。


「この宇宙に存在する、ありとあらゆる嗜好しこうヘキも、すべて網羅もうらしておられます」


「全知全能って、そういう意味じゃ……うわっ!」


 ゆうのいる空間が、振動した。


 水面は乱れない。全天周の外部映像と、いだ水面ごと、上下左右にゆさぶられる。


 身体が投げ出されたり、首が折れそうな勢いでないだけ、緩衝かんしょうの機能があるようだ。


 トンチキ美人の巫女みこにつられて、トンチキな会話をしている間に、怪物が体勢を持ち直していた。正面の外部映像で、撃砕げきさいしたものとは別の尖端突起せんたんとっきが、ゆうに向かって大迫力で激突していた。


 無秩序に堆積たいせきした、鉱物結晶こうぶつけっしょうのような怪物だ。林立する突起とっきが、ひび割れ、剥離はくりするわずかな音と共に、結節けっせつつらねた触腕しょくわん伸長しんちょうする。


「ちょ、ちょっと待って! ええと、その……巫女みこのお姉さん!」


御望おのぞみとあれば、わたくしは、もちろん待ちますが……神さま。それはむしろ、先方せんぽうにおっしゃるべきかと」


 巫女みこは、おそらく客観的に正しかったが、ゆうの主観的には理不尽だった。


 怪物は待たなかった。今や、はっきりとした生物的な敵意を見せて、五本に増えた鉱物質こうぶつしつ触腕しょくわんむちのように振るい、ゆうたちを、ゆうたちが中にいるサーガンディオンを攻撃していた。


 外部映像の衝撃が、少し遅れて水面空間、頭郭最深槽とうかくさいしんそうの振動になる。連続で、奇妙に視覚とずれたタイミングでゆさぶられて、脳と胃が混乱する。


「うぇ……っ! ど……どうしろって言うのさ……っ!」


「わたくしもサーガンディオンも、神さま、あなたの御力おちから一柱いっちゅうであり、神威しんい顕現けんげんする媒介ばいかいです。あなたの御意志ごいしを、わたくしたちに……このわたくしに、重ねてください」


「具体的には……?」


「わたくしと一心同体に、身も心もゆだねてください。やわらかく、溶け合うように、さあ」


「ごめんなさい! 俺、もう他に好きな人がいるんです!」


「そんな肉欲混じりの雑念ざつねんは捨ててください」


「男子高校生にはキツい一言ですっ!」


 性的欲求は、恋愛感情の不純物なのか。いな、と言い切りたい。もしくは許しをいたい。


 おおむね全男子を代表した無駄な抗議は、だが一時、保留となった。


 怪物の、鎌首かまくびをもたげた触腕しょくわん尖端せんたんが、欠けるように割れた。


 ゆうの意識に、ぞくりと嫌悪感が走る。破砕はさいされ、消失したビルから、わずかにり散る欠片かけらの記憶が、意識をめる。


 ゆう左掌ひだりてのひらが、水面を大きくすべる。異形いぎょう白銀大神しろがねのおおがみ、サーガンディオンが左腕を振り上げた。左肘ひだりひじ牙爪がそうが、大太刀おおだちごとく長く突き出して、微細動びさいどうに輝いた。


 わずかに遅れて、怪物が咆哮ほうこうした。破壊の空間振動が、響き渡る。


 サーガンディオンが振り上げた左肘ひだりひじの、牙爪がそうの軌道が、すでに見えない断層となっていて、音速の空間振動を斬り裂いた。荒れ狂う咆哮ほうこう只中ただなかで、サーガンディオンは怪物と、至近距離で静かに対峙していた。


「神さま」


「な、なに……っ?」


「お名前を」


「え……? か、加々実かがみゆう


「それはそれとしまして。この場合、武装の命名めいめいをおうかがいしました」


「はぁあっ?」


 思わず、正気を疑う声が出た。


「わたくしとしましては、神さまの御趣味に、全力で奉仕ほうしする覚悟ですので」


「どうでもいいですよっ! 今、そういうの、多分っ!」


 続けて大声を出したことで、腹が呼吸する。どうでもいい思考をはさんだことで、嫌悪感にまっていた意識が、周囲に戻る。


「あ……駄目だ! これじゃあ……っ!」


 ゆうは、歯噛はがみした。


 切り裂いた空間振動の残響ざんきょうが、後ろの海岸線に、陸地に、街に拡散していた。減衰げんすいしても、土砂を巻き上げ、街路樹をぎ倒し、構造物を倒壊させた。


 被害が、止められていなかった。


 どこまでが巫女みこの、思慮しりょの内かわからないが、だが一瞬でわかったことがある。この理解を超越した状況で、巫女みこゆうを必要としているらしく、そしてゆうにも、巫女みこが必要らしいということだ。


巫女みこのお姉さんっ!」


「一心同体は」


「それはちょっと置いて! 検討だけ! 考慮だけ! とにかく勘弁かんべんしてくださいっ!」


「……やむを得ません。遺憾いかんながら、のちの課題と致しまして」


 巫女みこが、口をへの字に曲げた。


 それでも水転写すいてんしゃの向こう側で、ゆうを導くように両腕を広げた。


「今、ここで、わたくしにできる限りのことを」


 ゆうの両腕が、巫女みこと同じに、大きく広がっている。水面で触れ合ったてのひらから、熱をともなう光の波紋がまたたいた。


 サーガンディオンが両腕を、やはり同じく、翼のように広げた。怪物の咆哮ほうこうを真正面に受け止めて、空と海を引き裂く轟音ごうおんと、乱流らんりゅううずを生んだ。


 異形いぎょうの両腕から、幾重いくえにも交差する波状はじょう光輪こうりんがほとばしる。光輪こうりんは巨大な半球面を形成し、轟音ごうおん乱流らんりゅうも、白銀大神しろがねのおおがみの前方だけに封じ込めた。


 水面の、頭郭最深槽とうかくさいしんそうの振動が、なく連続し、激しくなる。水面境界すいめんきょうかいの先、外部映像の怪物が、五本の触腕しょくわんをすべて持ち上げ、尖端せんたんを割った。五首ごくびあぎとが開いた。


「こん……ちく、しょおぉぉおおッ!」


 ゆうは、怪物と同時に叫んだ。咆哮ほうこうした。


 サーガンディオンの白銀しろがね鎧装がいそうが、あお燐光りんこうびた。


 五首ごくびが吐き出す空間振動を、光輪こうりんの半球が押し戻し、なおも大きく広がった。いや、広がった半球が、しゅう極大点きょくだいてんを超えて収束を始めた。


 鉱物結晶こうぶつけっしょうの怪物を、五首ごくび触腕しょくわんを、そのあぎとが吐き出し続ける破壊の奔流ほんりゅうを、波状光輪はじょうこうりんがついに、海にちた星のような球状空間に隔絶かくぜつした。


「神さま。必殺技くらい、それらしい感じの」


「本気の無茶振りやめてぇぇぇえええっ!」


 隔絶かくぜつした球状空間が、すさまじい閃光を放って、爆縮ばくしゅくした。放たれた閃光が、質量の圧壊あっかいで生まれたマイクロブラックホールに捕らわれて、暗転する。そして、光以外の何物も影響できない極小きょくしょうの時間領域で、マイクロブラックホールが蒸発して消えた。


 大きく切り取られた球状空間の真空に、認識が追いつくように、空気と海水が流入した。ひとしきり暴れて、やがて元の空と海になった。


 足元に波濤はとうを、背に夕陽ゆうひを浴びながら、両腕を広げた白銀大神しろがねのおおがみがただ一柱いっちゅう、天地をつなぐように立っていた。

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