2.神社なんてあったっけ?

 ゆうも自分で、思わないでもなかったが、それはそれとして大収穫にほおがゆるむ。幹仙みきひさのような、ナチュラルな恋愛強者とは違うのだ。


 ゆい葉奈子はなこは、部活はなにがいい、とか、月末からの連休をどうする、とか、楽しそうに話している。幹仙みきひさも、もう自然な感じに加わっている。そして時々、半歩遅れているゆうに、絶妙に話を向けてくる。


 駅に向かう通りは、同じ高校の生徒や、市がリニューアルに力を入れているアーケード商店街の賑わいで、華やかだ。この辺ではちょっと有名な観光名所になっている、桜並木の新緑しんりょくも、心なしかキラキラだ。


 あのトンチキ美人な巫女みこの影響ではないが、神さまに感謝する気持ちになった。


「……あれ? でも、この辺に、神社なんてあったっけ?」


 ふと、疑問に思う。小さな違和感だった。


 だがすぐに、別の違和感が音を消した。遠く、どこかの彼方かなたから、声がとどいたような気がした。


 ゆうは、意識するでもなく、海の方を見た。人波と葉桜はざくら、まだ明るい夕方の陽射ひざし、ビルとビルの隙間すきまが切り取ったあお、駅の東の向こうの水平線に、小さな赤い光が昇っていた。


 太陽のはずはない。太陽は、西の山の稜線りょうせんに、もうすぐ触れる。


 星でもない。強くもない光が、それにしては近すぎる。


「どうしたの、ゆうくん?」


 ゆいが、ゆうを振り返った。ゆいひとみと、海の小さな赤い光が横に並んだ。音が戻った景色の中で、赤い光が、またたいて消えた。


「あ、うん……今、なんか……」


 ゆうの言葉に、空気をち割るような響きがかぶさった。


 通りを歩く誰もが、反射的に身をすくませる。遅れた悲鳴が、今度は、海に向かって巻き起こった突風に散らされた。


「ひゃっ! な、なになになに? か、かみなり? 竜巻たつまき?」


 ゆいとなり葉奈子はなこが、乱れる髪を押さえながら、しゃがみ込んだ。幹仙みきひさが、のっぽの背を伸ばして、空を見た。


「そうみたい、だけど……変だな。こんな、急に……」


 空は晴れていた。


 突風の吹いた先、東の方へ視線が動く。幹仙みきひさの見るものと、ゆうの見ているものが、重なった。


 海の、すぐ上の空間に、コンピュータ・グラフィックスで見る台風のようなうずが現れていた。暗い赤が明滅めいめつする中心に、海水や乱気流が吸い込まれていた。直後、うず凝集ぎょうしゅうして生まれ落ちるように、なにかが水平線を乱した。


 咄嗟とっさに、なにか、としか認識できなかったのは、それが光を奇妙に屈折させる、透明な物体だったからだ。


 空の青と海のあおを乱反射して、形状が浮かび上がる。どこか本能的な嫌悪感をかき立てる、無秩序に堆積たいせきした水晶のような、鉱物結晶こうぶつけっしょうに似た、なにかだ。


 だまみたいに、視界の縮尺しゅくしゃくがゆがんでいた。遠く、小さい海に、小さく見える奇妙な鉱物結晶こうぶつけっしょうは、小山こやま小島こじまのような巨大さだった。


 そして、動いている。高波の波紋が、ゆっくりと広がっていた。鉱物結晶こうぶつけっしょう尖端せんたんの一つが、欠けるように割れた。


 あぎとを開いた。


幹仙みきひさ、まずい! ゆいちゃんも御山みやまさんも、急いで、どこか……っ!」


 ゆうは、自分でも意味がわからないまま、ほとんど無意識に叫んでいた。


 同時に到達したのも、咆哮ほうこうだった。可聴域かちょういき縦断じゅうだんする空間振動の壁が、ゆうたちのすぐ横の、鉄筋コンクリートのビルの一つを粉微塵こなみじん破砕はさいした。


 通りに面した一階は、オープンスペースのカフェだった。上層階には、不動産会社の事務所やカルチャースクールなどが入っていた。


 一階だけは無事だった。上層階は、無人だったはずはないが、わずかにり散る欠片かけらに、それ以上のものは混ざっていなかった。


 今度こそ、悲鳴の絶叫が通りをふるわせた。人波が濁流だくりゅうになって、無秩序に狂乱する。


ゆう! 葉奈子はなこちゃん、ゆいちゃん!」


「ゆ、ゆい! 幹仙みきひさくん! 加々実かがみくん!」


御山ミャーちゃーんっ!」


 幹仙みきひさも、葉奈子はなこゆいも、群衆の殺到さっとうに押し流される。ゆうは、もう一度叫ぼうとした声を、飲み込んだ。


 駄目だ。あの敵をなんとかしないと、みんな危ない。


 敵? なんとかしないと?


 そう、自分でも意味がわからない。


 だがその思念が、ゆうの、意識と無意識に浮かんでいた。


 また不思議に、音が消えた。


「おむかえに上がりました、神さま」


 逃げまどう人の只中ただなかで、あの巫女みこが、静かにたたずんでいた。


 わえた長い黒髪と白い肌、白い小袖こそで緋袴ひばかまが、ゆうの視界をめていた。


「俺は……」


「あなたは、この惑星わくせいを襲う災厄さいやくから、生命を守護するために降臨こうりんなされた神の現身うつしみです」


 まっすぐに立ち、引きまった表情でゆうを見つめながら、巫女みこの手がゆうの手を握る。


「あなたは、その御意志ごいしを持たれております。わたくしにたくされた御力おちから……神威しんいと共に、今、分神ぶんしんたる身をささげます」


 巫女みこの、薄紅色のくちびるが、そっとゆうの手に触れた。



********************



 音が戻った。群衆の叫喚きょうかんではなく、足下にとどろく海の波濤はとうの音だ。


 景色も変わった。水平線を見下ろす、広く高い認識の視座しざだ。


 真正面に、無秩序に堆積たいせきした水晶のような、あの鉱物結晶こうぶつけっしょうの巨大な怪物がいた。全高は五〇メートルを超えて、多数の尖端せんたん突起とっきし、甲殻類のような多脚たきゃくが水面下にあった。


「え……? あ、あれ……?」


 ゆうの口から、ほうけた声がもれた。ゆうも怪物と、ほぼ同じ高さにいる。


 目ではなく認識が走査し、知覚した。


 鋼鉄を束ね合わせ、組み上げたような体躯たいくが、幾千万を越える積層金属質せきそうきんぞくしつ鎧装がいそうまとっている。直線と曲面が複雑に交錯こうさくした中枢構造に、猛々たけだけしく肥大化した四肢と五指、人体に類似したひじひざの関節部には刀剣のような牙爪がそうが並んで、幾何学的な仮面に見える頭部には桂冠けいかんと、三本の結節衝角けっせつしょうかくが長く伸びていた。


 戯画化ぎがかされた機械仕掛けの戦神像、全身を白銀しろがねに輝かせた異形いぎょう大神おおがみだ。その頭郭最深槽とうかくさいしんそうに、ゆうがいた。


「な、なん……なんだ、これ? 一体、どうなって……?」


 ゆうは、水面から上半身を出していた。水面の境界は外界に融合ゆうごうして、全天周囲が認識できた。水面そのものは鏡のようにいで、空を写していた。


 いや、違う。空ではなく海を向こう側の天面に映して、ゆうの身体と上下を鏡合わせに、巫女みこの姿があった。水面でゆう巫女みこの、両掌りょうてのひらが合わさっていた。


 鉱物結晶こうぶつけっしょうの怪物が、ゆうたちを認識したのか、多脚たきゃくを動かした。尖端突起せんたんとっきが、威嚇いかくするように向きを変えた。


 巫女みこが、左掌ひだりてのひらを水面ですべらせた。ゆう右掌みぎてのひらが、同じ軌道で水面をすべる。異形いぎょう白銀大神しろがねのおおがみが、戦鎚せんついのような右腕を振るって、怪物の尖端突起せんたんとっきの一つを撃砕げきさいした。


 怪物の、街を襲った咆哮ほうこうすら凌駕りょうがする、轟音ごうおんが海と空を穿うがった。


「は……あぁあっ?」


 声が裏返り、目が白黒するゆうに、水転写すいてんしゃ巫女みこさかしまの美貌びぼうが、このにおよんですずしげだった。


「繰り返しますが、あなたは神さまです。その神威しんい顕現けんげん駆逐戦闘特化筐体くちくせんとうとっかきょうたい、神の現身うつしみたるあなたと分神ぶんしんたるわたくしの合神がっしん……それがこの、サーガンディオンです」


 巫女みこくちびるが、少しだけ微笑ほほえんだように見えた。



超機動合神ちょうきどうがっしんサーガンディオン

〜At the day of universe falling down, to the far away for you darling dear〜

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